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もしも翼があったなら

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「骨折っていうのは嘘だけど、とにかく来てほしかったのよ! 聞いてよ、朝起きたらこんな変なものが生えていたのよ! これ、どうしたらいいの! 背中にずっとくっついてるのよ!」
 想像した通りの不信顔になった絵梨は、「ふ~ん」と言って紀羅々の背後に回った。そして。
「せーの!」
「え? イイイイイデデデデデ!」
 絵梨は翼を思いっきり引っ張った。紀羅々は涙をこぼした。
「嘘……。本物……」
「だっつーの!」
 やっとのことで事は前に進みそうだった。

 とりあえず医者に行くことになった。紀羅々と母親は救急車で。父親と好奇心一杯の絵梨はタクシーで病院に向かった。もちろん、救急隊員は目をパチクリさせていた。
 救急病棟の待合室で揃った四人は翼について話し合った。
「すごいわね。こんなの本当に生えるんだ。ウイングのプロモーションビデオみたいね」
 絵梨は紀羅々宅に遊びに来た時、一度ウイングのDVDを見せられている。それで覚えていたのだ。紀羅々は正直、ウイングを憎んでいた。ウイングの夢を見た朝、こうなっていたからだ。
「ほらあ、翼がほしいなんて言うからこうなっちゃったんじゃないの?」
 母が顔に手を当てた。
「実際に翼が生えたら、こんなにも必死に取りたくなるもんなんだな」
 はあ~っと父が感心した。
「あたし、これからどうすればいいのお~?」
 涙目になった紀羅々だったが、なぜか絵梨は笑っていた。
「なんか可笑しいわね。あんた、本当にウイングみたいになっちゃうんだもの」
 それを聞いた母が笑い出した。
「ほんとね。ずっと言ってたものね」
 父も笑い出した。
「なんかバカみたいだぞ?」
「バカとは何よ!」
 やはり紀羅々の涙は吹っ飛んだ。周りはこんな人間ばっかりだと紀羅々はぷりぷり怒っていた。すると、一人の看護師がこちらに近づいてきた。
「星さん、どうぞ」
『星』とは紀羅々の苗字である。
「ぶはっ! 星キララ!」
 父親が吹き出した。
「お前が付けたんだっつーの!」
 紀羅々はもう悲しみの感情がどこかへいったような気分だった。紀羅々の後について三人も病室に入った。そこに座っていたのはスマートな黒縁眼鏡をかけた若い男の医者だった。
「で、どうしました?」
 紀羅々は恥ずかしそうに、毛布を背中の部分だけ下ろしてくるりと後ろを向いた。
「ほほう……」
 医者は興味深そうに翼を眺めた。手を眼鏡に当てている。
「先生、これは一体なんなんでしょうか?」
 その問いには答えず、医者は「触っていいですか」と聞いてきた。質問に答えろよと紀羅々は思ったが、大人しく「はい」と小さくうなずいた。
 医者はそっと翼に触れた。ピクリとも動かない。そして。
「せーの!」
「え? イイイイイデデデデデ!」
 医者は冷静に言った。
「取れませんね」
「だから来たんだっつーの!」
 紀羅々はさっきから怒ってばっかりだった。誰かまっとうに悲しませてほしい。不思議とそんな変な気持ちになっていた。
 しかし、ここで意外な事実が判明したのである。
「実はね、この症状、星さんだけではないんです」
「え!」
 全員が声を揃えた。
「ほんとですか、先生! ほかに誰がいるんですか!」
 紀羅々は医者に詰め寄ったが、また冷静にこう答えた。
「いや、誰とは言えませんがね。実はこれは遺伝子が原因なんです」
「遺伝子?」
「そうです。実はごくまれに『翼が生える遺伝子』を持った人間が現れるんですよ。それで普段は普通の人間として過ごしているのですが、何かのキッカケで突然それが生えてくるという現象が今、日本で二件起こっているんです」
「翼が生える遺伝子……。二件……」
 紀羅々はファンタジーの世界から一気に現実的な感覚に引き戻された。そして今日夢に見たウイングのことがまた頭をかすめた。
「何かキッカケはありませんでしたか?」
 その問いに紀羅々は夢のことを話した。そして今までずっと翼がほしいと思っていたことも。
「なるほど、そうでしたか……。ほかの二件と同じような理由ですね」
「同じ、ですか……」
「正直、その辺りは僕もまだ詳しくないのでなんとも言えませんが……」
 医者は少し沈黙して間を空けた。そしてゆっくりと口を開いた。
「それと、大変言いにくいのですが……」
「はい……」
 紀羅々は構えた。家族と絵梨も緊張した。
「いわゆる翼人間というのは、一種の奇形なんですね」
「き……」
 紀羅々の顔が凍った。今なんて言った? この先生はなんて言った?
「聞こえました? 奇形なんです。奇形。奇形奇形奇形奇形奇形」
「そんなに言わなくっても分かるっつーの!」
 さっきからなんなんだ、この連中は! 分かっているのか、事の重大さを!「じゃ、じゃあ、どうすればいいのですか?」
 黙っていた母親が尋ねた。
「手術ですね。バッサリといきます。たぶん、跡も残りますね」
「ガ――――ン!」
 残酷な医者の言葉に紀羅々は頭が真っ白になってその場に倒れた。


「まあ、世の中は変なものが流行るものね~」
 絵梨は紀羅々宅でアイドルの雑誌を開いていた。そこには白い翼が生え揃った可愛い顔の三人組が写っていた。
「ま、開き直ればこんなもんよ」
 翼をバサバサと動かしながら紀羅々はベッドに座って足を組んでいた。訓練で動かせるようになったのだ。絵梨は机に肘をついて、「ふっ」と息を漏らした。
「まさか、友人が芸能人になるとはね。しかも珍獣系」
「あ、それ褒め言葉?」
「別に」
 高校生になった絵梨は、この友人のある種の快挙を心の中で称えずにはいられなかった。なんというか、お見事というか。
「よくあそこで決断しなかったわね」
「ああ、手術」
「そう」
 すると紀羅々は「何言ってんの」と腕を組んだ。
「たいそれたことじゃないって教えてくれたのはあんたたちじゃん! 絵梨もお母さんもお父さんも先生も、みーんなあたしをからかったでしょ?」
「あれは励ましたっていうのよ」
「からかってた!」
 紀羅々はぷくりとふくれた。
「あ、そのショットいただき」
「ほら、またあ! ……ま! だから、そういうことなのよ! たいしたことじゃないじゃんって思ったんだ。だから利用しようって」
「へー、また前向きな」
 ベッドからトンと下りてきた紀羅々は晴れやかな笑顔でこう言った。
「じゃ、私たちのデビュー曲、歌いまーす!」
「いいわよ、別に」
 紀羅々はミニスカートから見える白い足を大きく広げ堂々と立った。手はマイクを持つフリをしている。
「歌うわよ、絵梨への感謝を込めてね!」
美声は部屋に響き渡った。紀羅々たちのデビュー曲、『この翼を広げたい』はオリコン三位を獲得したのだ。
現実路線を歩む絵梨には、まだやはりピンと来ないお話。でもそれでいいかと絵梨はくすりと笑って納得し始めたのだった。
作品名:もしも翼があったなら 作家名:ひまわり