見知らぬ女
見知らぬ女
そこはシティホテルの一室で、カーテンの隙間から朝の陽射しが、遠慮がちに忍び込んでいる。そして、微かな寝息の音。同じひとつのベッドで、見たことのない美しい女性が眠っていた。今、川村茂樹の眼に映っているのは、若い女の化粧をしていない横顔である。八時間前には身体を重ねていた。共に興奮をわかち合い、川村は果てて間もなく、眠りに引き込まれて意識を喪った。その寸前に、女はベッドから出て、浴室へ行った筈だ。それによって男は、一抹の空虚感を覚えたような気がする。
真里菜。彼女はいつも濃い化粧をしていた。出会ったときから常に、化粧は濃く、殊に付け睫毛は、まるで人形のそれのように思わせた。とりわけ昨日は、極度の厚塗りだった。結婚式だったからである。
「女房の顔なんてよぅ、そうさなぁ、ひと月がせいぜいじゃないの?そのあとはもう、あってもなくても同じよ。見ねえんだからよ。下手すりゃ声も聞かねえ。そんなもんよ」
勤め先で最も親しい男の弁である。じゃあ、どうして美人をゲットしたいなんて思うんだろうと、川村は呟くように云った。「見栄なんかなぁ。つまり、自己の存在価値を、視覚的に代弁させたいんじゃないの。だけどなぁ、美人の女房を手に入れたってさ、それと幸福な人生との因果関係は、期待できないと思うなぁ」そう、金森啓一は嘆くように云った。では、幸福な人生と、最も深い繋がりを持つものは何か。川村はそれを考え始めていた。