小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第四部 カリスアル編【完】

INDEX|109ページ/164ページ|

次のページ前のページ
 

「だいたいこのお祭り大好きな僕と、この無駄に力が有り余ってる恒河沙がさ、目の前にある大事件に首を突っ込まない筈ないじゃない。っていうか、こんな話の種になる事を前に、はいさよならなんて勿体ない。なあ、恒河沙?」
「……うん……」
 須臾に言われたから一応返事はした恒河沙だったが、その目は躊躇いに揺れていた。
 恒河沙の視線の先には、もろに怒りを現しているソルティーの背中が在る。
「それにさあ、悲劇ぶってる奴見るのって、それだけで笑えるじゃん」
「しゅ、須庚……」
「恒河沙もそう思うだろ? こんなだだっ広い世界でさ、どれだけの沢山の人が生きてるかも知れないのに、その世界を一人でどうにかしよう、どうにか出来るとか思うなんてちゃんちゃらおかしいっていうか、烏滸がましいにも程があるよ」
 いつの間にか須庚の顔から笑みは消えていた。無視を決め込んでいるソルティーを挑発しようとし、誰が聞いても明らかな嘘を睨む背中に突き刺していく。
 恒河沙は辛辣さが酷くなる状態に気が気ではなかったが、ハーパーが黙って事の成り行きを見守る姿勢を貫いていたのは、嘲りの言葉の中に須庚の悲痛な胸の内を感じていたからだった。
「もしかして全部嘘かも知れないよね。金持ちの道楽って言うの? 勇者になったつもりで世界を旅してさ、物語の終わりは単身で敵地に乗り込んでいく演出。だけど待っているのは、温かい我が家って――」
「ふざけるなっ!!」
 須庚の台詞に耐えきれなくなったのか、ソルティーは急に反転して静かな丘に怒声を響かせた。
「お前はこれまで何を見てきたんだっ! 嘘や道楽で出来るかどうかなど、考えなくても判るだろっ!!」
 噴出する憤りに任せた両腕が、震えを纏わせながら振り下ろされる。
 怒りからなのは確か。けれど子供の癇癪にも見える素振りだった。少なくとも須庚にはそう見えたから、口元の笑みを一瞬は取り戻せた。
「今直ぐシスルへ帰れっ!」
「嫌だね。もうあんたは僕達の雇い主じゃないし、そんな命令は聞けないし、聞く義理もない」
「須臾っ!!」
「聞けないって言ってるだろっ! あんたにはそんな権利なんて無いんだよ、今僕達が此処に居るのは、僕達の意思だ」
 須臾は持っていた荷物を恒河沙に預け、力強くソルティーに向かって歩み寄る。
 距離は離れていない。少し歩けば直ぐにソルティーの前に辿り着け、着くやいなや須庚は真っ向から彼を強い眼差しで睨み付けた。
「連れて行けよ。意地なんか張らずに、一人でどうにかするなんて考えるなよ」
「意地の問題で言っていない。私の事に口を挟むなっ!」
「それが意地だって言ってんだよっ! この分からず屋っ!」
 説得するつもりなのか喧嘩をするつもりなのか。
 どちらの言い分も、相手の身を案じる余りなだけに長く平行線を辿るのは予想され、簡単に口を挟めるものではない。まただんだんと激しくなっていく須臾の言葉に、後ろで口を一切挟めない恒河沙とハーパーは、固唾を呑んで見守るばかりだ。
「分からず屋で結構だ。私の事は放って置いてくれ、お前達に居られると迷惑だ」
「何も迷惑になるほどあんたにべったりくっついて居ようなんて、そんな気持ちの悪い事考えてない。男のくせに小さい事ぐだぐだ言ってんなよ」
「お前のそう言う自分勝手な考えが、どこまでも通用すると思ったら大間違いだ」
「へえ、じゃあどの辺が間違ってるって言うわけ? 曖昧な話じゃなく、具体的にどこがどう間違いなのか言ってみなよ」
「お前達とはもう契約の繋がりはない。私の邪魔をするなら山賊と同じだ」
「別にあんたの前に立ち塞がってるわけでもないだろ」
「同じ事だ。お前達が居る事その物が、私の足を引っ張る事になる」
 須臾が真剣な程、ソルティーは人の一生分の決断をして臨んだ事に、僅かな動揺も見せられなかった。
 何を言われようと、どんなに自分の言葉一つ一つが辛くても、それで済むなら幾らでも言えた。
「どこまでも強情だよね、あんたって。こっちは手伝いたいだけだろ」
 須臾の方もソルティーに負けない位の決断で臨んだ事だ。食らい付いても行くつもりだったが、出来れば言葉で許しが貰いたかった。
「それが邪魔だと言っている。何度言わせれば気が済むんだ!」
「じゃあ、とことん邪魔してやるよ! あんたが行く所、最後までつきまとってやる。僕から簡単に逃げられると思うなよっ!」
「いい加減にしろっ、そんなに死にたいのかっ!」
「そう思ってんのはあんただろっ!」
 須臾はソルティーの鎧から出ているシャツの襟を掴み、間近で鋭い眼差しで彼を睨み付けた。
「死ぬかも判らない所に一人で行ってどうするんだよっ。一人で格好つけて、誰が喜ぶんだよっ! 誰も喜びやしない、あんたの自己満足であいつが悲しむだけだろっ!」
 片手でソルティーを固定したまま、もう片方で恒河沙を指差す。
「言っただろ、勝手に死ぬなんて許さないってっ、死ぬならあいつの前で死ねよっ! あいつだってそれを望んでるんだっ!!」
 須臾の肩越しに、恒河沙が唇を噛んでソルティーの方を見ていた。
 須臾の言葉に対してではなく、矢張りあくまでも自分達を同行させない事に対しての落ち込んだ様子に、ソルティーは一度は言葉を失い、今までとは違う怒り浮き上がらせる。
「言ったのか……、恒河沙に話したのか」
 低く怒りを伝える言葉に須臾は何も言わなかったが、微かに変化した視線の意味に、ソルティーは握り締めた拳を彼の頬にめり込ませた。
「須臾っ」
 鈍い音と共に須臾の体は地面に叩き付けられ、恒河沙が荷物を放り出して駆け出したがその行き先は、倒れた須臾ではなく、彼に二発目を繰り出そうとしているソルティーにだった。
「ソルティー止めてっ!」
 恒河沙はソルティーの腕にしがみついて必死に止めた。
 須庚は全く避ける素振りは見せず、端から殴られるつもりだったのだろう。
「止めてよぉ」
 まさか殴り合う羽目になるとは思っていなかった分、恒河沙の動揺は大きく、腕に縋り付いたまま泣きそうな顔になっていた。
 ソルティーは腕に絡みつく感覚に奥歯を噛み締め、口の端から血を流す須臾の顔に向いたまま、震えそうになる腕から力を抜いた。
「……放してくれ、もう、殴らないから」
「ほんと……?」
「ああ」
 その証拠にと、須臾からも手を放し、腕を下に降ろしていく。
 恒河沙は自分を見ない顔をずっと見たまま、ゆっくりとしがみついていた腕を放す。
「っつう…げっ、血……」
 痛む顔を押さえた掌には、べっとりと血が付着する事となった。
 それを忌々しそうに眺めながら須臾は体制を立て直し、もう一度ソルティーの前に立つ。
「マジで手加減無しかよ。ったく、そんなに知られたくなかったら、ずっと手元に置いてろよ。矛盾してるって自分で思わないのかよ。――って言うかさ、判ってる筈だろ!」
 口腔に溜まった血を吐き出し、顎に伝った血を袖で拭う。
「言っとくけど、途中放棄したあんたが、僕を殴る権利なんて無いんだよ。それがどんな事情でもさ、此奴の事も、僕の事も、もうあんたには何も言う権利なんて無い」
「………そう…だな」
 言い返せない須臾の言葉に、ソルティーは表情を曇らせ、視線を地面へと移した。