恋愛掌編集
ストックホルムと愛と退屈
私は立ち上がろうとする彼の肩を掴んで唇に吸い付く。彼は私を無理矢理引きはがし、私の頭を撫でた。私が唇を尖らせてみるが、彼は「行ってくるよ」と出て行ってしまった。
私は再びベッドに倒れ込む。彼が帰ってくるまで今日もまたつまらない時間を過ごさなくてはいけない。
私がもう一度眠ろうかと目を閉じると携帯が音を立てて震え始めた。私は携帯が震えるのをそのままにして放っておく。このところ毎日携帯に着信があり、見なくても相手は分かっている、私の親のどちらかで私にはあの人達が言うことも分かっていた。初めは私が元気かを尋ねて最後には家に帰ってこいと言うのだろう。
私には両親のあの生温かい空間で抱きしめられているのは耐えきれなかった。彼は私をいつまでもここにいさせてくれるだろうし、私に親の所へと帰る気もない。毎日私は彼が帰ってきて頭を撫でてくれるのを楽しみに待っている。
しばらくして回線が留守番電話サービスに繋がったのだろう、携帯のバイブレーションがぷつりと消えた。静かにはなったが目は完全に覚めてしまい、二度寝するような気分にもなれず私はテレビを見ようとリモコンを握った。右手でリモコンの電源ボタンを押すとテレビ画面に静電気が走る。画面には朝のワイドショーが映り、見慣れた男性キャスターと女子アナウンサーの声が流れてくる。そしていつものように芸能ニュースを嬉しそうに話し合っているようだった。
私はリモコンを床においてその画面を眺める。有名俳優と有名アイドルが結婚するという話から、名前も知らなかった誰かが企業のCMに出たという話、そしてイケメンアイドルが番組へと映画の宣伝にやってくる。
ワイドショーは彼ら有名人の世界での彼ら内輪の日常を世間話のように彼らだけで盛り上がっている。それはすごく閉じた世界で、テレビの向こう側の世界が今私がいる部屋と同じ様にも思えた。
芸能ニュースが終わると、なんの脈絡もなく事件の報道へと番組主旨が変わっていった。私は番組を変えようとリモコンに手を伸ばそうとして、手が何かに引っかかった。
それは、つい左手の方でリモコンを取ろうとしてしまったからで、そこで私は左手が手錠でベッドに繋がれていることを思い出した。変えそびれた番組では二ヶ月前まで毎日報道されていた誘拐事件の続報が流れてきていた。私らしき顔写真がテレビ一面に映し出され、次に私の両親を名乗る中年男女がみっともなく涙を流しながら豚のように喚いていた。
私はリモコンのボタンを押して番組を変えたが面白そうな番組には巡り会わず、すぐにテレビの電源を消した。
愛しい彼が帰ってくるまで今日もあと10時間。この退屈な時間を今日は何をして過ごそうか。