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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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episode.27


 必然と偶然。
 同じ実を持ちながら、全く異なる物の見方がある。答えは一つだというのに。
 世に散らばる無数の偶然があったとしても、辿ってきた道は必然という一本の道しか存在しない。偶然そうなったのではなく、生まれた瞬間からの事象の積み重ねがその結果という必然を選んできただけに過ぎないのではないだろうか。
 しかし人は、偶然と言う言葉を好む。運命の歯車を、自分の力だけでは動かす事が出来ないのを知っているかの様に。
 それでも人の道は一つしか選ぶ事は出来ない。人は己の偶然選んだ選択肢を、必然的に歩くしかないのだ。


 * * * *


 いつの間にかミルナリスの手際で恒河沙と二人きりにされてからも、ソルティーは動く事が出来なかった。
 突き刺さる恒河沙の視線が痛くて、ミルナリスに首の角度を変えられたままの状態で、なんとか打開の方法を模索する。
 味方だった筈のミルナリスの所為で、ソルティーの立場は一層最悪の道をひた走っているのは間違いないだろう。
 彼女が何を考えて恒河沙を焚き付けたかは知らないが、これで須臾にもハーパーにも最低な人種と思われたのは間違いない。
 いや、正直に言えば、彼等にどう思われようと構わなかった。
 決して認めたくはないだが、今の状況をどうにかしたいのは、恒河沙だけが理由だった。
 ハーパーが昨日彼に何を話したかは知らない。ただミシャールがお節介にも聞かせてきた話では、想像も出来ない憔悴ぶりだったらしい。勿論それを望んではいなかったにせよ、ハーパーが大なり小なり恒河沙を責め立てる事が判っていながら、止めなかった事実がある。
 誰かに責任を押し付けたかった訳でなくとも、判りきった結末を避けようとしなかったのは、何処かに恒河沙達を責めたい気持ちがあったかも知れない。それを真っ向から認める勇気がない今は、どう言葉にすれば良いのか。
 そんなどうしようもない自分の気持ちに、ソルティーはただひたすら考え込んでいた。
 そして一方の恒河沙も、全く自分を見ようとしないソルティーに言葉を失っていた。
 突然現れたミルナリスの行動が我慢できなくて、ついつい無我夢中でソルティーにしがみついたは良いが、結局彼はミルナリスと言い合っている間もずっと黙ったままだった。
 いつもなら間に入って訳を聞き、理解できない事はちゃんと説明してくれる。最後には決まって優しく笑いかけてくれる彼が、こうして視線さえも合わせてくれない。
「ソルティ……」
 沈黙に耐えきれずに恒河沙は彼の名を呟き、ソルティーは刑を言い渡される者の様に、内心に緊張を走らせた。
「彼奴の事が……大事?」
 ミルナリスが何者なのか、どんな関係なのか。それを聞かれる事はまず間違いないだろうと考えていた、若干ソルティーの予想とは違った恒河沙の問い掛け。
 とは言え、恒河沙の基準からすればそれが何よりも重要な事は判っていて、だからこそソルティーは背中に冷たい汗を感じた。
「なあ」
 恒河沙はちゃんと目を見て聞こうとするが、ソルティーは逃げ出したい思いが強すぎるのか、無意識に更に視線を逸らそうとした。
 もっとも逃げ出したい気持ちは、自分の事をよく理解しているからだ。
 泣きそうな程に真剣な恒河沙の顔を見ると、どうしても突き放せない自分が居る。しがみつく小さな体を抱き締め、出来る限りの優しさで慰めてやりたくなる。
 勿論今となっては、結局それは自分が求めていた事の裏返しでしかなく、決して恒河沙への優しさではなかった。それに気付いてしまった状態で、もう一度同じ事をする強さはなく、だからこそミルナリスに救いを求めてしまった。
 もっともあっさり裏切られた挙げ句に窮地に追い込まれ、こうした事態となってしまったのだが。
「ソルティ……」
 何も言わない、目を合わそうともしないソルティーに、恒河沙は徐々に顔色を変えていく。
 昨日のハーパーの言葉が脳裏に蘇り、すっかりその事を忘れていた自分の今の状態に気付いてからは、血の流れさえもが凍り付く様に感じた。

『もし僕達の責任だって言うなら、ソルティーはそれをちゃんと言ってくれる』

 昨日の須臾はそう言って慰め、恒河沙自身もそうだと思った。
 ならば彼が何も言わない対応が、彼の気持ちを表しているのだろう。
 例えソルティーの気持ちが別だろうと、何も語られなければ何も伝わらない。しかも恒河沙はハーパーに厳しい言葉で釘を差されている。
「……ごめんなさい……」
 ぽつりと呟かれた声は、心の底から絞り出した様な悲痛さが込められていた。
 急に謝りだした恒河沙に、彼から逃げようと算段していたソルティーも視線を降ろす。
「ごめんなさい…ごめんなさい……」
「恒……?」
「ごめんなさい。俺、ソルティーにあんな事言うの駄目だった…。ごめんなさい…」
 今度は恒河沙がソルティーから目を反らし、俯いて彼の膝の上から降りる。
 なんの事だか判らない豹変振りが、ミシャールの話していた事と繋がり、咄嗟にソルティーは離れようとする恒河沙の腕を掴んだ。
 掴みさえしなければ、引き留めさえしなければ。そう感じても、出来なかった。
「謝らなくて良い。お前は悪くないから」
――私は何をしているんだ……。
 恒河沙が悪くない事は、言った通りのままに有る。
 ただ、今の咄嗟の行動は、誤解を正そうとしているのではなく、単に彼を引き留めたかっただけ。
「だけど俺嘘ついたから! ソルティーと約束したのに、俺ぜんぜん守れなかったから、だからソルティーに嫌われてもしょうがないんだ」
「約束?」
「俺ソルティーの事大事にするって言ったのに、大事に出来なかった。俺がソルティーの代わりに戦わなくちゃならないのに、戦うって、ソルティーの剣になるって約束したのに、それなのに俺……ソルティーに……」
「それは違う。あの時は私が自分で判断した事だ」
「だってハーパーもそう言った。俺が傷付けたって、俺の所為だって……。ほんとの事だから、俺、自分が許せないのに、ソルティーが俺のだって、言えないのに……。だから……だから、彼奴に取られても……仕方ない……」
 思い出した後悔に浮かんでいた涙も消え失せ、必死にソルティーの腕を放そうとする。
 その恒河沙の言葉や仕種に、ソルティーは悔しさから唇を噛む。そして、一度だけ腕を掴んだ手に力を込め、ゆっくりと指を開いた。
「では聞くが、お前はもう私の事はどうでも良い訳なんだな」
 浮いた腰をもう一度ソファーに深く沈め、煙草を取り出す。
「私ではなく、ハーパーに言われたから、ミルナリスに言われたから、それでもうどうでも良いと言う事か。自分の手に負えなくなったから、ミルナリスにどうぞと言う訳か」
 煙草に火を灯し、冷淡な声と言葉を吐き捨る。
 部屋に重苦しい空気が流れ、ソルティーの言葉が余計に恒河沙を苦しめた。
「勝手な約束だな。――傷付いた? 確かにそうだ、あの時の事は忘れようにも忘れらない。しかしそれは、私がどう思ったかで、お前には関係がないだろ。判りきった事に、私自身が耐えられなかっただけだ。それでどうしてお前が苦しんだりする。どうしてお前が、私から離れるんだ」
「だって、ソルティーに出来た事、俺、出来なかったんだ」