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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 いつの間に自分の隣に立っていたソルティーに、ミシャールは慌てて口に手を当てた。
「あの子は良い子だよ。本当に普通の」
「……あんたから見たら、でしょ」
「そうかも知れない。だがそれを言えば、この国から見た君達はどうなんだい?」
 咎める言葉ではなかったが、ミシャールは恥じ入る様に俯いた。
「この世界に生まれ、この世界に生きている。その等しささえ在れば、普通かそうでないか等に何の意味がある」
「え……なに?」
 重々しく呟かされた声はあまりにも小さく聞き取れなかった。
 もう一度とミシャールが問い掛けようとした時には、ソルティーは背中を見せて前へと進んでいた。


 地下室の奥から響いていた呪文は、近付く毎にその響きをハッキリとさせていった。しかし間違いなくソルティー達が僧兵と戦う状況も響いている筈だというのに、呪文の詠唱は間断なく続き、動く気配もない。
 そして漸く突き当たりの壁が見えた時ミシャールが叫び声を上げ、同時にハーパーが彼女の体を取り押さえた。
「お兄ちゃんっ!!」
 ハーパーの腕の中で藻掻くミシャールの視線の先には、壁に凭れた少年が陽気な顔で手を振っていた。
「……お兄ちゃん? あれが?」
 囚われて居るミシャールの“お兄ちゃん”を想像していた須臾は、眉を寄せて血色の良い囚われの少年を指差してソルティーに問い掛ける。
「ああ、あれが彼女の兄らしい」
「おいおい、何処がお兄ちゃんだよ。確かに顔は似てるけど、あれはどう見ても弟」
「私に言われても困る」
 溜息混じりにそう答え、ソルティーは改めて前に一度会った少年シャリノを見た。
 捕まっていた割には余裕を感じさせるシャリノは満面の笑みを妹に向け、
「おーい、一応言っとくけど、罠だぞ〜〜」
「お兄ちゃん何余裕ぶっこいてんのよ! 折角人が苦労して助けに来たって言うのに。ああもう、放せよっ!」
「こらーー、兄ちゃんは何時も汚い言葉は使うなって言ってるだろーー」
「……そんな事は後で良いからぁ、早くお兄ちゃん助けてよ」
 この場に一番似つかわしくないシャリノの言葉に全員が脱力し、その中でもミシャールは半分泣きそうになっていた。
 しかし確かに彼女の言う通り、早く事を終わらせてしまいたいのは、それぞれ違う理由でも誰もが同じ思いだ。
 そうして気を取り直すように緊張の面持ちを取り戻し、ソルティー達は笑顔で自分達を迎えるシャリノに向かって歩き出す。
「其処までだ」
 部屋にこだまする甲高い声。聞き間違えようのない耳障りな声に、最初に振り返ったのはミシャールだった。それに続くように全員が後ろを振り返れば、其処にはざっと見て二十人近くの僧兵を引き連れたルカヌスが、高慢な笑みを浮かべて立っていた。
「人質を連れ帰ってくれて感謝する」
「ほーら罠だった」
 シャリノが後ろから呑気な説明をし、その言葉にルカヌスは満足げな笑みを顔に付け加える。
「その女を大人しく此方に引き渡せば、神殿への不法侵入で裁判に掛ける位で終わらせて上げようじゃないか」
「嫌だね!」
 ルカヌスにミシャールは舌を突きだし、対するルカヌスは眉間に神経質そうな皺を刻んだ。
「お前に言って居るんじゃない! どうだね、どうせ貴様達はその女に金で雇われただけの破落戸だろう、妙な義理立てをするほどの関係でもあるまい。引き渡さなければ死ぬ事になるだけだ、ここは大人しく引き渡すのだ」
 地下室独特の反響の所為で、余計にルカヌスの声は神経にまで障る様だ。
 そんな声に須臾と恒河沙は耳の穴を指で塞ぎながら、大きく声を合わせた。
「「嫌だね」」
「そう言う事だ。彼を返して貰うぞ」
 ルカヌスへの当て付けのようにミシャールを後ろへと下がらせれば、ぎらついた視線さえも届きはしない。
 しかも恒河沙と須臾は防御ではなく攻撃の構え。
 二人の浮かべる馬鹿にしたような眼差しに、ルカヌスの額に何本もの筋が浮かび上がっていった。
「貴様らぁ! やれっ! 女以外は殺してしまえっ!!」
 ルカヌスのかな切り声を合図に、僧兵が一斉にソルティー達に向けて予め用意していた呪文を放った。
 放たれた炎は、他の炎と相乗効果からか勢いを増し、唸りを上げて詰め寄る。
「ハーパー…」
 呆れたと言わんばかりのソルティーの言葉に、ハーパーが右手を凪ぎ払う。
 ハーパーの手から溢れた炎は僧兵全員の炎よりも激しく、彼等の炎を吹き飛ばしながら、咄嗟の事で逃げられない者に襲いかかった。
「はい恒河沙、須臾、出番」
 ソルティーが手を叩き合わせれば、ハーパーの作り出した炎の隙間を縫うようにして、二人が僧兵に向かって走り出す。
 人の使う魔法と竜族の使う魔法は違う。予め決められた力を行使するしか出来ない術者と違い、ハーパーの作り出す炎は彼の意思に従い動く。完璧に制御された炎は恒河沙達の動きに合わせて、時には彼等を隠す壁となり、時には攻撃を退ける盾となった。
 旅の途中に出くわす山賊相手なら、ハーパーはソルティー以上に動かない。それでも具に二人の動き方を見ていたのだろう、二人の動きの先を読むように炎を操り、二人も鋭い勘で炎の動きに巧みに合わせていた。
「あんた、ほんとに何にもしないんだな」
 確実に三人に圧され後退していくルカヌス達の様子は、ミシャールにはかなり胸がすく場面だ。そこに何もせずに様子を窺うだけのソルティーは、彼女の目から見れば滑稽に近い。
 ただしソルティーは何の支障もなくハーパー達が戦えている事を確認すると、
「他にする事が有るからな」
 そう言い残して一人奥へと向かった。
 そこでミシャールも目的を思い出したのか、急いでシャリノの元へと駆け付けるが、彼の周りには目に見えない壁が張り巡らされ、伸ばした腕は途中で止められた。
「何よこれっ!」
「何って、結界だよ結界。ま〜〜ほんと御丁寧にされちゃって、兄ちゃん出る事出来ねえよ、ハッハッハッ」
「呑気に笑ってる場合じゃないでしょっ!!」
 妹の焦りさえも笑い飛ばしているような気楽さに、ミシャールは涙さえも浮かべて結界を殴りつける。流石にそれにはシャリノもばつの悪そうな顔になった。
「ま、そう焦んな。そこのお兄さんがちょちょいっとやってくれるから、なあ?」
 シャリノは妹の剣幕に圧され、責任転嫁はソルティーに向けられた。
 半笑いでシャリノが向けた視線を追ってミシャールが顔を向けた先には、呆れたと言わんばかりのソルティーの顔があり、しかし直ぐにそれは真剣な物と変わって壁に向けられる。
 絶え間なく聞こえる結界を作り出す詠唱。しかしそれを唱える者の姿は無い。しかも地下独特の反響から、それが何処から響いているのかは判らなかった。
 にもかかわらずソルティーには迷いもせずに柱と柱の間にある壁の前に立ち、剣を一振り抜き出した。
 その行動で壁の向こう側に術者が隠れている事、彼がその壁を壊そうとしている事は、ミシャールの脳裏にも浮かんだ。
「待ちなよ、あんたそんな剣一本じゃ無理に決ま……て……」
 言いたい言葉をミシャールが言い終わる前に、壁は口を開いた。
 ソルティーが軽く手を着いた壁は、まるで腐葉土のようにバラバラと崩れ、奥に潜んでいた者達を露わにする。
「何だよ……今の……」
「へえ」