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刻の流狼第三部 刻の流狼編

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 これを言う事で安心させるつもりだったかも知れない。
 どちらにしてもソルティーの言葉は、恒河沙に今のままで居る事を望んだ言葉で、彼もそれを望んだ。
 いや、それ以上の気持ちで声を聞き、触れられた温もりを感じた。
 誰に聞かされても、きっとこんなにも胸が熱くならないだろう。誰に触れられても、きっとこんなにも心が揺り動かされないだろう。
 ハッキリと感じた奥底の何かがあまりに強すぎて、恒河沙の口から自然と言葉が溢れてしまうのは、最早避けられない状態だったのかも知れない。
「俺……ソルティーが、好き」
 恒河沙はソルティーの手に自分の手を重ね、正直な気持ちを口にした。
 以前口にした好きとは全く違うと思えるのは、言葉にした途端、泣きそうになったから。
 本当に心からそう思えたから。
 ただそれを、何の躊躇いも無しに口に出来るのは、恒河沙自身もその言葉の意味をはっきりと理解してはいないからだった。
「一番好きだから、俺じゃ駄目? ……代わりになれない?」
 一方的な押しつけではない確認の言葉だと判っているから、真っ直ぐに見つめてくる彼からソルティーも顔を逸らしたりはしない。
「代わり?」
「……俺、ソルティーを護ってみせるよ。ずっと側に居る。誰にも負けない。だから、だから……アルスティーナって人の代わりになりたい」
 恒河沙の言葉にソルティーは「やっぱり」と声を出さずに呟き、力無い笑みを浮かべる。
 まだ恒河沙は、本当の恋愛感情を知らないのだ。
 自分がそういう風にソルティーを好きなのだと気付かずに、想像したアルスティーナの、ソルティーの心の拠り所と言える存在になる事だと考えている。
 確かにその勘違いはソルティーには都合が良い事だった。だが喪った者の場所を変える事は出来ない。
「恒河沙……無理だよ、アルスの代わりは誰にも出来ない」
 ソルティーは彼に触れていた手を離し、俯き気味に首を横に振る。
 自分の言った言葉に悲しむ姿をはっきり見たくなかった。
「………ごめ」
「でも、お前の代わりも誰にも出来ない」
「ソルティ……」
 俯いたソルティーの呟きに言葉を探していると、ゆっくりと腕が回される。
 腕の中にすっぽりと収まる小さな体をしっかりと抱き締め、柔らかな髪に顔を寄せ、言ってはいけない言葉を口にした。
「私もお前が好きだよ。大事だと思っているし、傍に居て欲しいとも思っている。――しかしそれは、お前の言う好きとは違う。言葉では上手く説明できないが、今の私にはお前の存在が、何よりも大事な事に違いはない」
 今ならまだ恒河沙の気持ちを、他へとすり替える事は出来ると思いながら敢えてそうしなかったのは、変えたくないと思う自分が居たからだ。
 変わらなければ、たとえ自分が彼の前から消えても、自分の存在が忘れられない存在になると思ったからだ。
 真実を知れば必ず傷付く。必ず彼を傷付ける選択をする。
 出来るならそんな未来へ向かいたくはないが、確実にそこへと進み、どれだけ苦しんでも選ぶだろう。
 しかしその傷が、自分を忘れない原因になる。

――忘れて欲しくない……忘れたくない……。

「俺の事、好き? ソルティーの一番?」
 卑怯な言葉の裏側も知らずに、恒河沙は抱き締めてくれる力の強さに、嬉しくて声を震わす。
「ああ」
「ほんと? ……いいや、嘘でも。ソルティーが俺の事好きって言ってくれるだけでいい」
 そう心から嬉しそうにソルティーの胸の中で言い、彼の背に腕を回す。
「側に居れたらそれでいい。絶対離れないから」
「良いよ、でも、今はお風呂に入りたいから離れないとな」
 ソルティーは自分から回した腕を解き、冗談混じりに恒河沙の赤くなった顔を見下ろした。
「………もちょっとこうしてたら駄目?」
「駄目。何時までも裸で居ると風邪を引くぞ? それに須臾にばかり二人の面倒を押し付けては可哀想だ」
「あ……うん……」
 直に触れ合った場所は熱く、とても風邪を引くとは思えなかった。だが尤もらしい台詞に頷くしかなく、渋々腕を降ろした。
「お前は先に浸かっていろ」
 ソルティーは恒河沙の背中を押すように湯気を立てている浴槽に向かわせ、遅れていた入浴準備に取りかかる。
 恒河沙はその様子を湯に肩まで浸かりながらまじまじと見つめ、何度か意味合いの違う溜息を口にした。
 「男らしい」を体現して見せてくれている体格は、憧れるし羨ましい。それにこんな室内でもキラキラしてる髪には、うっとりまでしてしまう。
――だけどソルティーの一番は俺〜〜〜。
 本当にそれが嬉しくて、顔は自然と緩んでいった。
 だが締め括りは驚愕を含んだ感嘆の声であり、それは視線を一点に集中させて語られた。
「ソルティーって須臾よりでっかいなっ!!」
「…………それはどうも」
 比べるなと顔を引きつらせても恒河沙は楽しそうにするだけで、結局最後にはソルティーも彼に合わせて笑うだけだった。





 ソルティーが須臾と交代してから数刻が経ち、その間ミシャールと会話する事はなかった。
 その彼女は今はベリザの傍らに座っている。彼女の怪我は確かにまだ軽い方であり、着実に回復に向かっている。しかしかなり無理をしている事は、額に浮かんでいる汗が物語っていた。
 それでも無理にベッドに戻さなかったのは、汗と共に浮かんでいる仲間を心配する表情からだ。
 一方ベリザはミシャールに見守られる中で一度だけ目を覚まし、顔を近づけた彼女に何かを囁いた後、また直ぐに眠りに落ちていった。
 ソルティーは視界の端でベリザに頷くミシャールの姿を確認したものの、やはりその事で問い掛ける事はしなかった。
 恒河沙の薬の効き目は確かであり、傷の血色の良さが証拠でもあり、それを覆って薄皮が張りつつある。ベリザが眠り続けるのは、その副作用と言った所だ。
 顔色も良くなって、後は無理に動かずにきちんと食事をすれば治る筈だろう。
 体力さえ戻れば封呪石での治療を行える。彼等が何も言わないままであれば旅を再開させる事に差し支えはないと、二人を見つめながら考えられた。

 結局ベリザがはっきりと目を覚ましたのは、翌日になってからだった。
 但しまだまだ彼をまともに動かせる状態ではなく、ソルティーと須臾の助けを借り漸くベッドに移動したものの、それだけでも痛みは生半可な物ではなかった筈だ。
 彼自身は苦痛を訴える事も無く、呻き声一つも出しはしない。しかし看病する者にとっては、その方が厄介に感じる時もあるのが事実だろう。
「やらかいのなら食える? 無理してでも腹に入れた方がいいから」
 恒河沙にとってはベリザは、初めての患者と言う意識が強いのかも知れない。
 割と誰に言われるでもなく甲斐甲斐しく彼の世話をし、今も宿の食堂に頼んで作って貰った水炊きをベリザに勧め、ミシャールが蹴飛ばしてそれを奪う。
 ベリザとミシャールが仲間である事は確かであるが、須臾が気になるのは二人の関係だ。世界中の女性は全て自分の宝だが、その中でも特に元気でハキハキした女性とは、何が何でもお近づきになりたい。
 言うなればミシャールはかなり須臾の好みなのだが、
「ほらっ! 早く食べなさいよっ!!」