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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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始まりの詞



 人が死を意識し始めるのは、はたして何時からなのだろうか。
 少なくとも、人と呼ばれる者の存在が起源した刻から、死という概念は成立していただろう。
 ならば、人を創り出した存在すらも、死を意識したのだろうか。
 答えは……否か。

 人を創り出した存在、喩えるなら神。
 彼(彼女)は、人を何の為に創り出したのだろうか。
 崇高な意義を見出したのか、それとも、単なる一時の気紛れか。
 それを確かめる術は、死を与えられた人の身でしかない私には、これから先も有るとは考えられない。

 無限か有限か、測る事など到底及ばないこの世界で、唯一それを知る神が存在すると言うのならば、私は一つの答えを与えられん事を切に願う。

 何故、人は存在するのか。

 その答えを得る事が出来たのなら、その時私は歓喜するのだろうか。
 それとも絶望するのだろうか。
 人として生を受け、人として死を迎えるこの世界を、私は呪うのだろうか。
 何もかもがまやかしに見え、嘲笑するのだろうか。

 神よ、答えて欲しい。
 人は何故存在するのか。
 何故生を受けるのか。
 何故死を受け入れなくてはならないのか。

 恐らく私が生きている間に、その答えがもたらされる事は無いだろう。
 ただ、刻々と死が近付きつつある今、私に言える事が有るとするならば、この世界は神に祝福されない、終わりに向かいつつある世界だと言う事だけだ。

 それでも私は信じたい。
 神に創り出された小さき人という存在が、決して無駄ではない事を。
 そして祈りたい。
 私の傍らで眠る幼子が、この世界で健やかなる事を。


――古の手記より