深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの
最終章 残されたもの
森岡と朋子の結婚式には懐かしい顔が揃っていた。
「早川さん、お久しぶりです」始めにそう言ってくれたのは及川警部だった。式が始まって最前列に及川と隣合わせで着席した絵美は、入場してきた朋子の美しいウェディングドレス姿に感動した。
滞りなく式と披露宴が終了して、及川と森岡、朋子の三人が絵美と歓談を始めた。
「おめでとう!朋子はとっても綺麗だったよ・・・幸せそう。森岡くんも素敵だったわ」
「早川さん、ありがとうございます。お着物姿とても似合ってますよ・・・あの頃とは別人みたいですね」森岡は迷いが取れていた絵美の顔がとても穏やかで優しく感じられた。
「そう、私も人妻だからね・・・形式上は」
「そうでしたね。でもビックリです。いまだに信じられませんわ・・・戸村と入籍するやなんて」
「戸村はね、真面目に罪を償っているのよ。模範生だって刑務官が言われていたわ・・・このまま行けば早い段階で仮釈放されるだろうって聞かされているの」
「3年目ぐらいですよね、多分」
「そうね、そうなると嬉しいけど」
「大丈夫ですよ。きっと叶いますよ」
「森岡くん、ありがとう・・・どこに新婚旅行へ行くの?朋子さん」
「はい、お休みが長く頂けないので、ハワイにしました」
「いいじゃないの・・・羨ましい。頑張ってくるのよ」
「またそれですか?絵美さん」
「今度は・・・本当の意味でそう言わせてもらうわ、ハハハ」
「なんだか意味深な笑いですね」及川は笑いながら絵美に聞いた。
「そう、なんだか嫉妬しちゃって・・・私なんかずっとないから」
「そうですよね?面会の場所では出来ませんよってに」
「バカなこと言うのね、警部は」
「ほんまやから、言うたんですわ。それより入籍されたんですよね。すごいなあ・・・」
「そうよ。入籍はしたの」
「大丈夫ですか?働いてゆけるんですか?」
「そうね、勤めるのは無理でしょうね。彼はお金があるから、何か商売でも始めるかもね」
「えっ?なんでお金がありますの?」
「それは・・・内緒よ。とにかくあるの」
「悪いことをした残り金ちゃいますか?」
「そんなお金、私が許さないから。勘ぐらないで・・・きれいなお金なんだから」
「すみません、そうでしたか。しかし、真面目にやっている俺らに金がのうて、戸村にあるだなんて不公平ですな」
不公平・・・確かにそうなのかも知れない。
帰りの新幹線の中で絵美は考えていた。
朋子のように自分たちも式を挙げたい・・・叶えられないだろうか、と。翔太が出所してきたら、新婚旅行を兼ねて二人だけで教会で式を挙げられる場所に行きたいと思った。時期にもよるが、冬でなかったら北海道が候補に浮かんだ。
この日は日柄が良かったので結婚式帰りの乗客が目立っていた。京都から乗り込んできた男性が絵美の隣の空いていた席に座った。男性も礼服を着ていた。軽く会釈をして、座った男性は気さくに声をかけてきた。
「結婚式のお帰りですか?ボクと同じですね」
「はい、今日は日柄がいいですからたくさんお見受けしますね」
「そうですね。どちらまでですか?」
「東京です」
「私は名古屋なんです」
「名古屋ですか」
「ご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「震災の影響で景気が悪くて、今日の式も予定より質素にしたようです。そちらはどうでしたか?」
「披露宴ではいくつかの余興が取りやめになりましたね。歌も少なめでした」
「いけませんねえ、どんどんみんなで景気の足を引っ張り始めたから」
「はい、詳しくは解りませんが、当たり前にしていたいですね」
「いい事です。お仕事されていますか?」
「はい、一応」
「失礼ですがご結婚は?」
「しております」
「私は独身です。この年になっても縁が無く・・・友人の結婚式に出る度に寂しい思いをしているんですよ」
「そうでしたか。素敵な方なのにね・・・」
「本当ですか?初めて言われました。ありがとうございます」
「自分に自信を持たれて堂々となさっておられれば、きっといいご縁がありますよ」
「はい、勇気付けられました。お仕事伺っても構いませんか?」
「そうですね、何と申し上げたらいいのか・・・指導員という感じです」
「ボクは自動車部品のメーカーに勤めています。愛知県の基本産業ですからね」
「頑張ってください」
「素敵な方と同席出来て嬉しいです。ボクは33歳になるんですよ。同じぐらいですよね・・・ゴメンなさい、聞いてはいけませんでしたよね」
「いいのよ、同じです」
絵美はこんな好青年に縁が無いということが、最近の女性の好みの変化なのだろうかと、考えさせられた。
男性は名古屋で降り、代わって隣の席に母親ぐらいの女性が名古屋から座った。列車がホームを出てしばらくすると、ハンドバッグからハンカチを取り出し、目に当てて泣き始めた。絵美はどうしたのだろうと気になり声をかけた。
「大丈夫ですか?よろしかったらどうなされたのかお聞きしても構いませんか?」
「すみません・・・恥ずかしいことを・・・」
「いいえ、いいのですよ。ご事情がおありな事ぐらいお察しします。東京へはこれからですか?お戻りですか?」
「はい、戻るところです。あなたは?」
「実家に帰るところです。友人の結婚式が大阪であったものですから」
「そうでしたの。結婚式ね・・・」
「幸せそうで、羨ましかったです」
「あなたも結婚されているんじゃないの?そんな風に見えるけど」
「あっ、はい・・・そうですが」
「じゃあ、お幸せなんじゃないの?」
「そうですね・・・戸村といいます。遅れました」
「こちらこそ遅れまして。島崎小夜子といいます。名古屋へは夫の墓参りに行ってました。もう10年になるんです、死んでから」
「10年ですか・・・お寂しいですね。まだお若いから」
「戸村さんったら!そんな心にも無いことを言って・・・嬉しいですけど、どう見てもおばあちゃんなのよ」
「私の母は今年60になるんですよ。同じぐらいじゃないんですか?」
「そう!同じだわ」
「いまどき60なんてまだまだお若いですよ。ご主人が生きておられるときは名古屋に住んでいらしたのですね?」
「そうよ。嫁ぎ先の両親が最近亡くなって財産の処分のことで親族が揉めて・・・今日やっと決着がついたんですけど、なんだか優しかった主人の事を思うと、金に執着している人たちが哀れで悲しくなりましたの。ずっとその事思い出しながら、ついに我慢が出来ずに泣いてしまいました」
「人はお金で気持ちが変わってしまうのですね。悲しいですね。我が家はどうなのかしら・・・考えたこと無いけど」
「長男の家庭でらっしゃるの?」
「先祖代々続いていますから、そうですね。父は兄弟が妹ばかりなので、亡くなった祖父が遺産分けをしたと聞いておりましたが、もめるんでしょうか?」
絵美は自分の家にそのような争いごとは起こらないだろうと考えていた。しかし、こればかりはその時になってみないと解らないのかも知れない。
「ねえ?戸村さんのこと聞かせて下さらない?」
「はい、何でしょう?」
「ご主人は何をしてらっしゃるの?」
「ええ、そうですね・・・ちょっと言いづらいです。すみません」
「そうなの?失業中なのかしら」
森岡と朋子の結婚式には懐かしい顔が揃っていた。
「早川さん、お久しぶりです」始めにそう言ってくれたのは及川警部だった。式が始まって最前列に及川と隣合わせで着席した絵美は、入場してきた朋子の美しいウェディングドレス姿に感動した。
滞りなく式と披露宴が終了して、及川と森岡、朋子の三人が絵美と歓談を始めた。
「おめでとう!朋子はとっても綺麗だったよ・・・幸せそう。森岡くんも素敵だったわ」
「早川さん、ありがとうございます。お着物姿とても似合ってますよ・・・あの頃とは別人みたいですね」森岡は迷いが取れていた絵美の顔がとても穏やかで優しく感じられた。
「そう、私も人妻だからね・・・形式上は」
「そうでしたね。でもビックリです。いまだに信じられませんわ・・・戸村と入籍するやなんて」
「戸村はね、真面目に罪を償っているのよ。模範生だって刑務官が言われていたわ・・・このまま行けば早い段階で仮釈放されるだろうって聞かされているの」
「3年目ぐらいですよね、多分」
「そうね、そうなると嬉しいけど」
「大丈夫ですよ。きっと叶いますよ」
「森岡くん、ありがとう・・・どこに新婚旅行へ行くの?朋子さん」
「はい、お休みが長く頂けないので、ハワイにしました」
「いいじゃないの・・・羨ましい。頑張ってくるのよ」
「またそれですか?絵美さん」
「今度は・・・本当の意味でそう言わせてもらうわ、ハハハ」
「なんだか意味深な笑いですね」及川は笑いながら絵美に聞いた。
「そう、なんだか嫉妬しちゃって・・・私なんかずっとないから」
「そうですよね?面会の場所では出来ませんよってに」
「バカなこと言うのね、警部は」
「ほんまやから、言うたんですわ。それより入籍されたんですよね。すごいなあ・・・」
「そうよ。入籍はしたの」
「大丈夫ですか?働いてゆけるんですか?」
「そうね、勤めるのは無理でしょうね。彼はお金があるから、何か商売でも始めるかもね」
「えっ?なんでお金がありますの?」
「それは・・・内緒よ。とにかくあるの」
「悪いことをした残り金ちゃいますか?」
「そんなお金、私が許さないから。勘ぐらないで・・・きれいなお金なんだから」
「すみません、そうでしたか。しかし、真面目にやっている俺らに金がのうて、戸村にあるだなんて不公平ですな」
不公平・・・確かにそうなのかも知れない。
帰りの新幹線の中で絵美は考えていた。
朋子のように自分たちも式を挙げたい・・・叶えられないだろうか、と。翔太が出所してきたら、新婚旅行を兼ねて二人だけで教会で式を挙げられる場所に行きたいと思った。時期にもよるが、冬でなかったら北海道が候補に浮かんだ。
この日は日柄が良かったので結婚式帰りの乗客が目立っていた。京都から乗り込んできた男性が絵美の隣の空いていた席に座った。男性も礼服を着ていた。軽く会釈をして、座った男性は気さくに声をかけてきた。
「結婚式のお帰りですか?ボクと同じですね」
「はい、今日は日柄がいいですからたくさんお見受けしますね」
「そうですね。どちらまでですか?」
「東京です」
「私は名古屋なんです」
「名古屋ですか」
「ご存知ですか?」
「いえ、知りません」
「震災の影響で景気が悪くて、今日の式も予定より質素にしたようです。そちらはどうでしたか?」
「披露宴ではいくつかの余興が取りやめになりましたね。歌も少なめでした」
「いけませんねえ、どんどんみんなで景気の足を引っ張り始めたから」
「はい、詳しくは解りませんが、当たり前にしていたいですね」
「いい事です。お仕事されていますか?」
「はい、一応」
「失礼ですがご結婚は?」
「しております」
「私は独身です。この年になっても縁が無く・・・友人の結婚式に出る度に寂しい思いをしているんですよ」
「そうでしたか。素敵な方なのにね・・・」
「本当ですか?初めて言われました。ありがとうございます」
「自分に自信を持たれて堂々となさっておられれば、きっといいご縁がありますよ」
「はい、勇気付けられました。お仕事伺っても構いませんか?」
「そうですね、何と申し上げたらいいのか・・・指導員という感じです」
「ボクは自動車部品のメーカーに勤めています。愛知県の基本産業ですからね」
「頑張ってください」
「素敵な方と同席出来て嬉しいです。ボクは33歳になるんですよ。同じぐらいですよね・・・ゴメンなさい、聞いてはいけませんでしたよね」
「いいのよ、同じです」
絵美はこんな好青年に縁が無いということが、最近の女性の好みの変化なのだろうかと、考えさせられた。
男性は名古屋で降り、代わって隣の席に母親ぐらいの女性が名古屋から座った。列車がホームを出てしばらくすると、ハンドバッグからハンカチを取り出し、目に当てて泣き始めた。絵美はどうしたのだろうと気になり声をかけた。
「大丈夫ですか?よろしかったらどうなされたのかお聞きしても構いませんか?」
「すみません・・・恥ずかしいことを・・・」
「いいえ、いいのですよ。ご事情がおありな事ぐらいお察しします。東京へはこれからですか?お戻りですか?」
「はい、戻るところです。あなたは?」
「実家に帰るところです。友人の結婚式が大阪であったものですから」
「そうでしたの。結婚式ね・・・」
「幸せそうで、羨ましかったです」
「あなたも結婚されているんじゃないの?そんな風に見えるけど」
「あっ、はい・・・そうですが」
「じゃあ、お幸せなんじゃないの?」
「そうですね・・・戸村といいます。遅れました」
「こちらこそ遅れまして。島崎小夜子といいます。名古屋へは夫の墓参りに行ってました。もう10年になるんです、死んでから」
「10年ですか・・・お寂しいですね。まだお若いから」
「戸村さんったら!そんな心にも無いことを言って・・・嬉しいですけど、どう見てもおばあちゃんなのよ」
「私の母は今年60になるんですよ。同じぐらいじゃないんですか?」
「そう!同じだわ」
「いまどき60なんてまだまだお若いですよ。ご主人が生きておられるときは名古屋に住んでいらしたのですね?」
「そうよ。嫁ぎ先の両親が最近亡くなって財産の処分のことで親族が揉めて・・・今日やっと決着がついたんですけど、なんだか優しかった主人の事を思うと、金に執着している人たちが哀れで悲しくなりましたの。ずっとその事思い出しながら、ついに我慢が出来ずに泣いてしまいました」
「人はお金で気持ちが変わってしまうのですね。悲しいですね。我が家はどうなのかしら・・・考えたこと無いけど」
「長男の家庭でらっしゃるの?」
「先祖代々続いていますから、そうですね。父は兄弟が妹ばかりなので、亡くなった祖父が遺産分けをしたと聞いておりましたが、もめるんでしょうか?」
絵美は自分の家にそのような争いごとは起こらないだろうと考えていた。しかし、こればかりはその時になってみないと解らないのかも知れない。
「ねえ?戸村さんのこと聞かせて下さらない?」
「はい、何でしょう?」
「ご主人は何をしてらっしゃるの?」
「ええ、そうですね・・・ちょっと言いづらいです。すみません」
「そうなの?失業中なのかしら」
作品名:深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの 作家名:てっしゅう