となりどうし
あなたは、ガラスケースの中ですやすやと眠っていた。
ふわふわした毛むくじゃらなあなたは、その日からわたしの『かぞく』になった。
くるまの中で、ソワソワ。ソワソワ。落ち着かないあなたを見て、わたしやみんなは名前をいっしょうけんめいきめていた。
ふわふわで小さいあなたを、大好きな物語からとって「レディ」と名付けたのは、誰よりもわんこが好きなおかあさんだった。
その日から、あなたは「レディ」でわたしの「家族」だった。
わたしもおとうとも小さすぎたから、小さい頃のあなたをあんまり覚えていない。
だけど、いつもとなりにいたことだけは覚えている。
わたしたちよりも大きくなるのがはやくて、わたしたちよりはしるのがはやくなっていった。
わたしはあなたよりもおねえちゃんだったけれど、あなたはいつのまにかわたしのおねえちゃんになっていた。
いつもとなりで、わたしとおとうとを見ていた。
おとうとのことはあんまり好きじゃなかったけれど、わたしのことは好きでいてくれた。いちばんは、お父さんだったけれどね。
森の中を走り回って、川や湖や海の中へも一緒に泳いで。
岩の上をふたりで駆けて飛び回って。うごくのが大好きなわたしにいちばんついてきてくれたのは、あなただった。
おばあちゃんちのわんこよりも大きいのに、どのわんこよりも大人しくておりこうさんで。
まんまるの瞳に、すこし折れた耳もどれも大好きだったけれど。
なによりも、私はふわふわのあなたを抱きしめる事が大好きだった。
くさのにおいがしたり、えさのにおいがしたり、シャンプーのにおいがするあなたが大好きだった。
あなたはわたしよりもはやく、『おかあさん』になった。
わたしがある朝起きたら、あなたは『おねえちゃん』じゃなくて『おかあさん』だった。
6匹の赤ちゃんはかわいくって、ちいさくって、すごくすごくかよわくて。
あなたが赤ちゃんを見る目が、なんだか私を見てる目に似てて、すごくやさしかった。
赤ちゃんは無事にみんな、新しい飼い主さんの所へ行って。それが少しだけ、さびしそうに見えた。
だから1匹だけ、お婆ちゃんの所に行かせたいって泣いたのは、わかれるのがつらいのがわたしだけじゃないって思ったからなのは、だれにも言わないでいた。
『おかあさん』になったあなたは、わたしたちを子供のように見ていた。
だけどわたしたちは、もう大きくなっていた。
でもあなたの目はずっとわたしたちを優しい目で見ていた。
ある日、あなたはおおきな病気にかかってしまった。
あなたが死ぬかもしれないって思ったら、家族みんなが悲しんだ。
あなたがいなくなったら、生きていけないっておかあさんがいちばん悲しんだ。
わたしも泣いたけど、おかあさんがいちばん泣いていたから、すこしだけ我慢した。
本当は、もっともっと泣いたかもしれない。
それで、こっそりそっと呟いた。
本当に、こっそりそっとお願いした。
「どうか、わたしが大人になるまで生きていて。どうか、わたしが二十歳になるまで生きていて」
わたしは真っ暗な部屋の中、ふとんにもぐりこみながら何度も思った。
そしたら、それを神様が聞いてくれたのか。
それともあなたが頑張ったのか。
きっと、両方だけれども。
あなたは、元気になって戻って来た。
死んじゃうかもしれないって言われたのに、戻って来た。
すこし、毛は少なくなって。すこし、白くなってしまったけれど。
まんまるの瞳は、まだ、ひかりがさしていて。
優しくわたしたちを見ていたね。
わたしたちは、すごく、すごくそれが嬉しかった。
だけど、おかあさんがその時がすごくつらくって。
だから、二匹目のわんこを飼い出した。
あなたはそのわんこの『おねえちゃん』になった。
たまにあやしたりする姿は、『おかあさん』だった。
だけどあなたは確実に、『おばあちゃん』になっていった。
わたしはようやく子供じゃなくなってきたのに、あなたはもう『おばあちゃん』だった。
前よりもぐんと走るスピードは遅くなり、歩くのもすぐ疲れてしまって。
どんどん太ってしまったけれど、それでもわたしは大好きだった。
あなたが『おばあちゃん』になるに従って、わたしはどんどん辛くなった。
いつかくるお別れが、恐かった。
あの大きな病気の頃は、それでもまだ子供だったから。
きっと辛かっただろうけれど、あの奇跡のような出来事が起こってしまったから。
具合を悪くするごとに、またあのときのように祈ってしまうんだ。
だから、何度も涙をこぼした。いつかくるお別れを考えては、何度も何度も一人で泣いた。
その度に、夜中に起きてはあなたを撫でにいったね。
撫でて、起こして、あなたは嫌だったかもしれないけれど、わたしは起きてくれるのがホッとしていた。
それで、「だいすきだよ」って言って、キスをしていた。
そして、わたしが二十歳になって。九月のできごと。
あなたはあの病気以来で次くらいの具合が悪くなってしまった。
わたしはこわくてこわくて仕方なかった。
なんども泣いて、なんども泣いて。
つらくてつらくてしかたなかった。
わたしは、あなたはわたしが前に「わたしが二十歳まで生きて」って言ったからなの?って尋ねそうになった。
だけどわたしはそれがくるしくていやだった。
だからわたしは、あなたにまたお願いをしたんだ。
「わたしが、ふりそでを着るまで生きて」って。
そしたらあなたは、次の週には落ち着いたね。
だからわたしは思ったんだ。
あなたは、わたしの言葉がわかるのかもしれないって。
あなたは、わたしの考えていることがわかるのかもしれないって。
わたしは元気になったあなたが嬉しくて、抱きしめたんだ。
わたしのお願いどおり、あなたはわたしがふりそでを着るまでとなりにいた。
一緒に写真を撮って、思い出をのこした。
あなたはいろんな写真を撮ったね。
かぞくといっしょに映るあなた。
あじさいといっしょに映るあなた。
新緑の木々をいっしょに映るあなた。
水の中にとびこんで、びしょびしょに映るあなた。
どんなあなたもステキだけれど。
きらきらしてて綺麗なのは、さくらの下に映るあなた。
あなたは大人しくてしずかだから、どのわんこよりも影にいたけれど。
あなたはどのわんこよりも、きれいだとわたしは思っている。
ごはんを食べなくなったあなたに、かぞくみんなは心配しだす。
お医者さんに行けば、「老衰だね」と言われる。
あなたは本当に、本当に年をとったね。
ずっととなりにいてくれたんだもの。きがついたら、あなたはずっととなりにいたんだもの。
だから、わたしはさいごまであなたのとなりにいようって思ったの。
誰もいない夜にあなたのとなりで。
誰もいない昼にあなたのとなりで。
ひとりにさせないって、きめたの。
わたしは昼も夜も、あなたのとなりであなたを撫でて。
「わたしがいるよ」って、何度も何度も呟くから。
だから、最後のお願いを聞いてくれますか。
「さくらをいっしょに見るまで、となりで生きていて」
ふわふわした毛むくじゃらなあなたは、その日からわたしの『かぞく』になった。
くるまの中で、ソワソワ。ソワソワ。落ち着かないあなたを見て、わたしやみんなは名前をいっしょうけんめいきめていた。
ふわふわで小さいあなたを、大好きな物語からとって「レディ」と名付けたのは、誰よりもわんこが好きなおかあさんだった。
その日から、あなたは「レディ」でわたしの「家族」だった。
わたしもおとうとも小さすぎたから、小さい頃のあなたをあんまり覚えていない。
だけど、いつもとなりにいたことだけは覚えている。
わたしたちよりも大きくなるのがはやくて、わたしたちよりはしるのがはやくなっていった。
わたしはあなたよりもおねえちゃんだったけれど、あなたはいつのまにかわたしのおねえちゃんになっていた。
いつもとなりで、わたしとおとうとを見ていた。
おとうとのことはあんまり好きじゃなかったけれど、わたしのことは好きでいてくれた。いちばんは、お父さんだったけれどね。
森の中を走り回って、川や湖や海の中へも一緒に泳いで。
岩の上をふたりで駆けて飛び回って。うごくのが大好きなわたしにいちばんついてきてくれたのは、あなただった。
おばあちゃんちのわんこよりも大きいのに、どのわんこよりも大人しくておりこうさんで。
まんまるの瞳に、すこし折れた耳もどれも大好きだったけれど。
なによりも、私はふわふわのあなたを抱きしめる事が大好きだった。
くさのにおいがしたり、えさのにおいがしたり、シャンプーのにおいがするあなたが大好きだった。
あなたはわたしよりもはやく、『おかあさん』になった。
わたしがある朝起きたら、あなたは『おねえちゃん』じゃなくて『おかあさん』だった。
6匹の赤ちゃんはかわいくって、ちいさくって、すごくすごくかよわくて。
あなたが赤ちゃんを見る目が、なんだか私を見てる目に似てて、すごくやさしかった。
赤ちゃんは無事にみんな、新しい飼い主さんの所へ行って。それが少しだけ、さびしそうに見えた。
だから1匹だけ、お婆ちゃんの所に行かせたいって泣いたのは、わかれるのがつらいのがわたしだけじゃないって思ったからなのは、だれにも言わないでいた。
『おかあさん』になったあなたは、わたしたちを子供のように見ていた。
だけどわたしたちは、もう大きくなっていた。
でもあなたの目はずっとわたしたちを優しい目で見ていた。
ある日、あなたはおおきな病気にかかってしまった。
あなたが死ぬかもしれないって思ったら、家族みんなが悲しんだ。
あなたがいなくなったら、生きていけないっておかあさんがいちばん悲しんだ。
わたしも泣いたけど、おかあさんがいちばん泣いていたから、すこしだけ我慢した。
本当は、もっともっと泣いたかもしれない。
それで、こっそりそっと呟いた。
本当に、こっそりそっとお願いした。
「どうか、わたしが大人になるまで生きていて。どうか、わたしが二十歳になるまで生きていて」
わたしは真っ暗な部屋の中、ふとんにもぐりこみながら何度も思った。
そしたら、それを神様が聞いてくれたのか。
それともあなたが頑張ったのか。
きっと、両方だけれども。
あなたは、元気になって戻って来た。
死んじゃうかもしれないって言われたのに、戻って来た。
すこし、毛は少なくなって。すこし、白くなってしまったけれど。
まんまるの瞳は、まだ、ひかりがさしていて。
優しくわたしたちを見ていたね。
わたしたちは、すごく、すごくそれが嬉しかった。
だけど、おかあさんがその時がすごくつらくって。
だから、二匹目のわんこを飼い出した。
あなたはそのわんこの『おねえちゃん』になった。
たまにあやしたりする姿は、『おかあさん』だった。
だけどあなたは確実に、『おばあちゃん』になっていった。
わたしはようやく子供じゃなくなってきたのに、あなたはもう『おばあちゃん』だった。
前よりもぐんと走るスピードは遅くなり、歩くのもすぐ疲れてしまって。
どんどん太ってしまったけれど、それでもわたしは大好きだった。
あなたが『おばあちゃん』になるに従って、わたしはどんどん辛くなった。
いつかくるお別れが、恐かった。
あの大きな病気の頃は、それでもまだ子供だったから。
きっと辛かっただろうけれど、あの奇跡のような出来事が起こってしまったから。
具合を悪くするごとに、またあのときのように祈ってしまうんだ。
だから、何度も涙をこぼした。いつかくるお別れを考えては、何度も何度も一人で泣いた。
その度に、夜中に起きてはあなたを撫でにいったね。
撫でて、起こして、あなたは嫌だったかもしれないけれど、わたしは起きてくれるのがホッとしていた。
それで、「だいすきだよ」って言って、キスをしていた。
そして、わたしが二十歳になって。九月のできごと。
あなたはあの病気以来で次くらいの具合が悪くなってしまった。
わたしはこわくてこわくて仕方なかった。
なんども泣いて、なんども泣いて。
つらくてつらくてしかたなかった。
わたしは、あなたはわたしが前に「わたしが二十歳まで生きて」って言ったからなの?って尋ねそうになった。
だけどわたしはそれがくるしくていやだった。
だからわたしは、あなたにまたお願いをしたんだ。
「わたしが、ふりそでを着るまで生きて」って。
そしたらあなたは、次の週には落ち着いたね。
だからわたしは思ったんだ。
あなたは、わたしの言葉がわかるのかもしれないって。
あなたは、わたしの考えていることがわかるのかもしれないって。
わたしは元気になったあなたが嬉しくて、抱きしめたんだ。
わたしのお願いどおり、あなたはわたしがふりそでを着るまでとなりにいた。
一緒に写真を撮って、思い出をのこした。
あなたはいろんな写真を撮ったね。
かぞくといっしょに映るあなた。
あじさいといっしょに映るあなた。
新緑の木々をいっしょに映るあなた。
水の中にとびこんで、びしょびしょに映るあなた。
どんなあなたもステキだけれど。
きらきらしてて綺麗なのは、さくらの下に映るあなた。
あなたは大人しくてしずかだから、どのわんこよりも影にいたけれど。
あなたはどのわんこよりも、きれいだとわたしは思っている。
ごはんを食べなくなったあなたに、かぞくみんなは心配しだす。
お医者さんに行けば、「老衰だね」と言われる。
あなたは本当に、本当に年をとったね。
ずっととなりにいてくれたんだもの。きがついたら、あなたはずっととなりにいたんだもの。
だから、わたしはさいごまであなたのとなりにいようって思ったの。
誰もいない夜にあなたのとなりで。
誰もいない昼にあなたのとなりで。
ひとりにさせないって、きめたの。
わたしは昼も夜も、あなたのとなりであなたを撫でて。
「わたしがいるよ」って、何度も何度も呟くから。
だから、最後のお願いを聞いてくれますか。
「さくらをいっしょに見るまで、となりで生きていて」