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藤原ヒロキ
藤原ヒロキ
novelistID. 32029
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中間管理職と缶コーヒー

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就職してなんとなく10年が過ぎてしまった。部下が増え、リーダーとしての重圧を感じずにはいられない。今回抱えているプロジェクトは達成まで後少しのところだ。部下には申し訳ない気持ちがあるが、ここ一ヶ月はみんな泊まり込みの残業が続いている。飲み会でいつも話しに上がるのだが、呑気だった大学時代が今、本当に懐かしく感じられる。

「広瀬くん、今日はこのミルク入りのコーヒーにしてみた」
教授の永遠続きそうな講義の途中、桑原萌がこっそり抜け出して戻ってきた。歴史だけが取り柄の地方の三流大学を推薦で合格して、何となくダラダラした日が続いていた。頭は悪くなかったが、高校時代に寝ても覚めてもギターを抱えて過ごす毎日を送っていたため、自慢できるような大学に進むことは出来なかった。最後列に陣取っているギャル男の集団からは、時折煙草のにおいが漂ってくる。こんな最低な大学で、唯一楽しみにしていたこともある。それが 週一回萌と受けるこの講義だ。こんな三流大学でも将来のことをしっかり考えている女の子はいるもので、萌はアナウンサーを目指していた。お洒落で器量がよく、自分には縁のない存在かと思っていたら、この講義で萌から声をかけてきた。同じ学科なのは俺しかいなく、俺が何となくヨン様に似ているから声をかけやすかったそうだ。しかもヨン様と俺は誕生日が同じらしい。旅行好きで韓国好きな萌ならではの着眼点だったのかもしれない。「ちょっと眠気覚ましにコーヒー買ってきてくれない?」こんな気さくな会話ができた女の子は萌だけだった。俺は何となくブラックはキツくて苦手だったので、ミルク入りをオーダーし、萌も同じものを飲んだ。いつも萌越しに、窓の外の季節の移り変わりを眺めていた。ガタのきた空調の音と永遠と続くかのような教授の話、後ろからはギャル男の笑い声。その音に混じって隣で萌が時折たてる寝息の音。この授業の時はいつも外は爽やかな風が吹いていたような気がする。未来をなんら保証するでもないこの時間がすべてだった。将来自分が何者になるのか想像すらできない日々が、ずっと続けばいいと思った。

「眠気覚まし買ってきました。広瀬さんはブラックでしたね」部下の由香がオフィスに戻ってきた。今夜も徹夜になるだろう。地上45階から見る都会の街はみるからに蒸し暑そうだ。 入社して4年目の由香は終電がなくなるような時刻になっても黒髪をアップにしてパンツスーツを綺麗に着こなしている。「広瀬さんのプロジェクトに参加できるなんて最初驚きました、私頑張りますよ」雰囲気からはまだまだ力が有り余っていそうだ。「今夜は徹夜ですね。でもその前に 15分ほど仮眠します」そういうといきなり机の上に突っ伏した。たくましくも心強くも思う部下がいるということは有難い。「じゃあ俺も向こうで軽く休んでくるわ」由香の買ってきてくれたブラックの缶コーヒーを一口あおりながら、蒸し暑い都会の夜を眺める。さっきみた由香の寝顔が遠い記憶と重なった。