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てっしゅう
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哀恋草 第八章 父との再会

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「お辞めくだされ!そのような事を・・・お気持ちが変らぬようでしたら、ここに居るみんなをお斬りなさいませ!四人の亡骸を鎌倉に報告されるがよろしかろう!それではすべてが闇に消えまするぞ!よろしいのか?」
「こしゃくな事を抜かしよって!そちのような女子はこうしてくれようぞ!」

時政は久の着ている帯を刀で切り裂き、前をはだけさせるように剣先で左右に開いた。暗闇とはいえみんなの見ている前で、久の肌が露出した。光やみよはいっせいに「お辞め下さいませ・・・」と時政に懇願した。家臣たちがじっと見守る中で、時政ははだけた姿の久の前に座った。

久はこれを計算に入れていた。こうならなければもっと露骨に時政を誘うつもりだったが、相手がこちらの懐に入ってきてくれたとほくそえんだ。

「久!おぬしも強情よのう。この時政がその鼻先を挫いてしんぜよう!みなの者!三人を見張って居れ!話すことも許してはならぬ!また、お前達が触れることもならぬぞ!よいな」

そう言い放って、久に奥の部屋に来いと、命令した。その部屋は、勝秀が隠れているその場所であった。渡りに船とはこのことだ。久は、はだけた着物を抱えるようにして時政の後を着いていった。光とみよは、これが久が考えた妙案なんだと悟った。自分の身体を犠牲にするとは、女を犠牲にするということだったのだ。そして、最愛の勝秀が見ている前で時政の寵愛に翻弄される訳だから、隠れている勝秀が逆上し最大の怒りで行動する事も、事が成就する秘策だとも考えていた。

時政は乱暴に久を押し倒し、着物を剥いだ。一糸まとわぬ姿になった身体を丸めるように両手でひざを抱え込んで防御した。刀を脇に置いて、着物を脱ぎ始めた時政は、不適に笑いを浮かべ、久にものを言った。

「弥生と志乃が居らぬゆえ、お前をしばらく妾にして暮らそうぞ・・・それにしても、こうしてみるとよい女子じゃのう。そのような格好をしていても無駄じゃ!ほれ、こうしてくれようぞ!」

久の両手を押し広げ、胸が顕れたその瞬間!バタン!と大きな音がして、後ろ側の壁が倒れた。何が起こったのか解らなかったが、背後に刀を手にした怒り顔の男が仁王立ちしていた。

時政は腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。勝秀は刀を振り上げ斬り落とそうとしたが、久が止めた。

「勝秀様!斬ってはなりませぬ。ひとまず捕らえて、光やみよ、子紫殿を助ける事が先決でございます。ここは堪えてくだされ」

刀を下ろした勝秀は、時政を脱いだ己の帯紐で縛り上げ、久に着物を着せ、見張るように指示した。三人が残る部屋にゆっくりと向かい、時政を捕らえたことを家来達に伝えた。武器を下に降ろした家来達を、光とみよは、自分達の腰紐などで手足を縛り、動けないようにした。外に居る数人の見張りは中の様子を知ることも出来ずに、待ち続けている。一人の家来に勝秀は表の見張りに館に引き返すように指示させた。殿から捕縛したから、もう安堵じゃ、その方たちは先に引き返しておれ!と命じられた・・・と言わせた。静かになった外の様子に急ぎ出立する支度を勝秀は命じた。

久は勝秀に作戦とはいえ肌を他の男に見せたことを悔いていた。まともに顔が見れない。光はそんな母の様子を感じ取り、父に話した。

「此度は久殿の策が功を奏し、我らは助かる事が出来ました。誉めてあげて下されませ!恥じる事など何も無いと言うこともお言葉かけて下されませ」
「光!父は重々に承知じゃ。久はみんなを救ってくれた。勝秀は何も気になどしておらぬぞ。久、ご苦労じゃったな。そこもとは強うなったのう・・・安心して光を任せられるわい」
「勝秀様・・・気遣い嬉しゅう思いまする。我らは先に参りますゆえ、後で必ず逢えまするよう祈っております」

勝秀は四人を逃がした後、奥の部屋に入り、時政と向かい合った。

「さて、時政殿、いかがいたそうかのう・・・お腹切り召されるか、この勝秀に首を落とされるか、どうじゃ?気の向く方を選びくだされ」
「わしはまだそこもとの素性を聞いてはおらぬぞ。礼儀じゃ、まず名乗られよ」
「そうであったのう。維盛殿が家臣、平勝秀と申す、平氏の生き残りじゃ」
「なんと!申されたか。そのような御仁が、此度の一軒になんで絡んでおったのじゃ?」
「偶然じゃ。一蔵がもたらした縁というものじゃのう。おぬしも運が悪い男よのう。妾に裏切られ、今宵は久に、はめられ、ゆくゆく女子運が悪いようじゃ・・・ははは。処で腹は決まったか?」

時政はこれまでの自分の策略をすべて話した。そして、平氏滅亡への最大の策略家は景時であることも付け加えた。時政はこの時頼朝の御家人といった立場ではなく、政子(頼朝の妻)の父としての立場で加勢していた観が強かった。舅の自分を重く見ない頼朝に不満があることも事実だった。

時政は一つの提案をした。それは助命の代わりに景時を討つ手助けをするという約束と、今後久や光の探索をしないと言う約束だった。守護職の自分に出来る最大の権限を行使して、約束を守ると話した。
勝秀は、自分の目標はあくまで鎌倉の追討にあったから、時政はその最重要人物ではなかった。久や光の無事が約束されるなら、乗ってもいいと思い始めていた。

「時政殿、お立場上手ぶらでは帰れまい。先に返した家臣たちは、おぬしが我々を捕らえて戻ってくると信じておるぞ。まずはどうされるお考えじゃ?」
「それはずっと考えておった事よ。景時めにまた蔑まれる事になろうでのう・・・ここで残っている家臣をすべておぬしが斬り、わしを適度に痛めつけて、この場を去られよ。さすれば、先に戻った家臣たちが様子を見に戻ってくるじゃろう。その時に、何者かに襲われて、人質を奪い去られた!と思わせるつもりじゃ。どうかのう?」
「なるほど、家臣達には気の毒だが、時政殿は悪知恵が働くお方じゃのう。では、わしはこの別邸に残り、そちからの情報を待つとしよう。申されたとおりに事を運ぶから、ここで気を失っている振りをなされよ。わしは隠れておるゆえ・・・」

勝秀は時政を信じた訳ではない。時政を放すことによって新たな動きが出る、それはひょっとして鎌倉から頼朝が来る事態になるやも知れない、との予想もあった。そして、景時がこの場所の存在を知ったら、必ず近づいてくる事になる。そのときこそ相打ちにしてでも仕留めるよい機会になると、先を見て逃がすのだ。危険な賭けは、また大きな好機であることを多くの戦を通して学んだ勝秀であったが、今回は狙いが大きすぎた。予想だにしない事がしばらく後に起こる。運命のときは鞍馬の夜明けと共にやってくるのであった。