手編みのマフラー
手編みのマフラー
独りで夜の山路を歩くとき、矢沢徹は返って自らの孤独を忘れることができるのだと思った。
そうではなかった。孤独を友として、味方につけるような、そんな時間を欲していた。
猛暑の中、急な尾根をひたすら登って来た。下着まで汗でびっしょり濡れてしまった。
相変わらず彼は、不本意ながら妻のことばかり考えている。先月駆け落ちをして姿を消した彼女は、現在四十六歳の彼よりひとまわりも若く、周囲からの羨望を浴びた時期もあった。
二十六歳だった彼が、初めて美貴に手紙を書いたとき、彼女はまだ中学生だった。
美貴も四年前に三十を過ぎたが、まだまだ若々しく、殊に気持ちは更に若いのだった。
電池が消耗していて、懐中電灯の照度が落ちていた。前方に続く路が急に低くなっているので飛び下りた。しかし、足に土の感触が訪れなかった。
やっと急斜面を感じ取ったとき、彼は登山道から五メートル下の崖の途中で止まり、樹の根を掴んでいた。