夕陽の色は再生の色 -01
「あーあ…… なんか、おもしろくないなあ…」
藍はうなだれておおきく息をはきだした。
「わかったよ」
忍は舌を打ち鳴らし、オーダーをもってたちあがった。
「やったぜ」
藍はにっこりとVサインをむけた。
「で、なにを買ってもらいたいわけ?」
ファミリーレストランをでたところで、忍はふりかえってきいた。
「買ってもらいたい? べつにかってもらいたくはないけど」
忍は泣きそうな笑みをうかべた。
「はいはい。なにを買えばいいんですか、藍おじょうさま」
「そうだな…… CDでも買ってもらっちゃおうかな」
「ああ、そうですか。でも、一枚だけだからな」
藍はまばたきもせずに忍をみつめた。
「な、なんだよ……」
「せ、セコい……」
「うるせえ。で、なに買うんだよ? 買いたいのあんの?」
「その、ゆりちゃんの聞いてたのがいいな。ゆりちゃん、かっこいいのしか聞かないから。だれかさんとちがって。それもけっこうアンダーなやつ。どこでそーゆー情報仕入れるんだろ? 雑誌かな?」
「そのだれかさんってのはだれのことなんだよ? さっきもいってたけど」
「アイドルものしか聞かないだれかさん」
「だれ、それ?」
忍はひきつった顔をあわててかくした。
「顔がひきつってるよ、米村君。どうしたの?」
「まださむいからな」
「どうしてこう、兄妹でちがうかな」
「兄妹? それって、もしかして、俺のこと?」
「もしかしなくても君のことだよ、米村忍君」
「俺? 俺は音楽なんかに興味ないけど。なんで俺がアイドルの歌なんか聞かなきゃなんねーんだよ?」
「ふふ」
藍が含み笑いをした。
「なんだよ?」
「ロリコンおにいちゃん」
「だれがロリコンだ」
「ところでわたし、邦楽のほうはまったくだめなんだけど、アイドルってまだいるの?」
「俺に聞くな、俺に」
忍はしらをきりとおした。
忍は自分の音楽の趣味を、洋楽の、それもメジャーからマイナーまで幅広く聞いている藍にかくしつづけてきた。忍の音楽の趣味を知っているのはこの世にふたりしかいない。ひとりは絶対にいうわけがない。もうひとりはもうすでに藍のことを姉のようにしたっている。話すとしたらあいつしかいない。忍は家に帰ってから、どんなプロレス技をかけて、あいつをこらしめてやろうかと考えた。
レコードショップはもうすぐそこだった。 忍は必死になって話題をかえた。藍もからかうのにあきたのか、忍の会社の話しにのってきた。
全身革ずくめの男が三人、むこうからやってきた。三人は異様な雰囲気を放ち、いやでも目についた。サングラスの奥は藍を見ているような気がしてならなかった。
いやな予感がした。
「きゃっ!」
すれちがいざま、藍が声をあげ、あわててくちびるをおさえた。一瞬、藍がスカートをおさえたのがみえた。
三人はなにごともなかったように歩いて行った。
「おい、ちょっと待てよ」
忍は語気をあらげて三人をよびとめた。
長髪にサングラスの、全身革ずくめ三人組みは立ち止まりふりかえった。くちびるに笑みがうかんでいた。
「なにしやがった?」
忍は低い声ですごんだ。
三人は薄笑いをやめなかった。
漫画ではないリアルファイトで、三対一はどう考えても勝ち目はなかった。が、藍にちょっかいをだされて、だまってるわけにはいかなかった。
「なんでもないよ。行こうよ」
藍がふるえるひきつった声でいった。忍のジャンパーの袖をゆすり、ひっぱった。
「やっとみつけた」
かわいらしい声が、おもくのしかかるような空気をふきとばした。忍ははっとして、おさない声のほうに目をむけた。
バイクの前にとびだしてきた女の子がいた。
彼女はからだじゅうをふるわせて息をしながら、両手で胸をおさえていた。が、瞳は、それ自体が発光しているかのように輝いていた。うれしさにあふれる光をたたえていた。それは恋人に再会した時のような、しあわせにあふれる輝きだったかもしれない。彼女の瞳は、一瞬たりとも忍からはなれることがなかった。
忍はそれどころではなかった。
「どいてろ」
忍は三人組みをにらみながらいった。
男達は演劇でもやっているかのように、滑稽なくらい同時に革パンツのポケットに手をいれた。ポケットからでた手には、剣呑に光る物がにぎられていた。
忍はその鋭利な輝きにたじろいだ。
狂ってる……
忍はあとずさった。
いまさらどうにもならなかった。忍は男達の動きを気にしながら、まわりをぬすみみた。こっちは素手だ。なにか武器としてつかえるものがないか、必死にさがした。
ごみばこをなげつけるか……
チャリをなげるか……
まわりにあるものは、なにひとつつかえなかった。
通行人がなにごとかと目をむけていた。が、だれもが忍ぶと目をあわせようとしなかった。たちどまり、遠巻きに見ている人はいた。が、忍ぶがそちらの方に目をむけると、だれもが足早にその場をはなれていった。だれもがこんな異常な情況にかかわりたくなかった。
誰かが警察でもよんでくれれば、なんとかなるかもしれなかった。が、それはまったく期待できなかった。
ひとりの時なら、忍はなりふりかまわず逃げていた。いきなりナイフをかまえる連中だ。頭がこわれているとしかおもえない。麻薬中毒者かも、シンナー中毒者かもしれなかった。こんな頭のこわれた連中とまともにやりあうわけにはいかなかった。
自分ひとりなら、どんなに足のはやいやつからでも、逃げおおせる自信があった。が、今は藍がいる。藍が一緒だとそうもいかない。いくら藍がスポーツ万能だといっても、このいかれた情況にからだがうまく反応しなくて、逃げる途中に転んでしまうかもしれない。
藍をおきざりにしてにげるなど、できるわけがない。
忍はおおきく息をはきだし、ジャンパーをぬいだ。
「さがってろ」
忍は藍と女の子をうしろへ押した。
藍はひきつった青白い顔で、のろのろと押されるままにさがった。が、女の子は忍の押す力にさからった。ちいさなほそい脚に力をこめ、そこを動こうとしなかった。
あなたをたすけにきました――
女の子の言葉が脳裏に一瞬よみがえった。忍は笑いたい衝動にかられた。
こんなちっちゃな女の子が、どうやって俺を守ってくれるっていうんだ?
忍はジャンパーをこぶしにまきつけた。
少女はこぶしをにぎりしめ、直立不動で全身をふるわせていた。まばたきもせず、男達をにらみつけていた。
男のひとりが動いた。
作品名:夕陽の色は再生の色 -01 作家名:alaska