神のいたずら 第五章 家族旅行
「この子が娘か孫だったら、いいのにねえ・・・」そう呟いた。
「無理を言うなよ、裕子・・・こっちが悲しくなる」鼻をすすって敏則は返した。
「碧ちゃん、お風呂に入ったらもうパジャマで構わないのよ。気楽にして欲しいから・・・」
「はい、そうします。あのう・・・結衣さんはまだ帰ってこないんですか?」
「いつも遅いのよ。何をしているのか・・・でも今日はバイト休みだと言っていたから、もう帰ってくると思うけど」
「話したこと無かったから・・・お話ししたい」
「そうね、喜ぶわきっと結衣も」
夕飯の時間近くになって結衣は帰ってきた。
「ただいま・・・こんばんわ!来ていたのね。あなたが碧ちゃんね、初めまして・・・かしら。結衣です」
「初めまして・・・ですね。小野碧です」
もちろん結衣は優を知っていた。
「前島さん、お久しぶりです。元気になられたようですね?」
「心配ありがとう、結衣ちゃん。今日はねおば様に勧められて碧ちゃんと一緒に泊まってゆくのよ」
「へえ〜そうなんだ・・・じゃあゆっくりと話せるね。楽しみ・・・三人で一緒に寝ようよ」
「うん、それがいいね」
隼人がいたときのように今晩の高橋家は賑やかな夕食を囲んでいた。裕子も敏則もうれしそうにしていた。いつもあまり会話の無い結衣も今日は良く話している。一人ぼっちが寂しかったのであろうか・・・結衣には久しぶりに、晩ご飯をゆっくりと味わうことが出来た。
お風呂から出てきて新しいパジャマに着替えた碧は、優が入浴している間に、結衣に尋ねた。
「結衣さん・・・好きな人いるの?」
「いたけど、別れちゃった」
「どうして?」
「どうして・・・って。別の人が出来たからよ」
「じゃあ、捨てられたの?辛くない?」
「昔のことだからね・・・思い出すことも無いわ。碧ちゃんはいるの?」
「うん、同じクラスの子だけどいるよ」
「へえ〜そうなんだ。カッコいい人?」
「まあね・・・この人・・・」携帯で写真を見せてそう言った。
「なかなか背が高くてスポーツマンタイプね。素敵じゃない」
「ほんと!でも、塾に行くからもう今までみたいに逢えなくなってしまうの」
「そうだったの、寂しいわね・・・相手も携帯持っていたらメールぐらいは出来るのにね」
碧は本当にそうだと思った。
隼人は優と付き合うようになってからあまり妹の結衣とは話さなくなっていた。こうしてよくみて見ると、結構可愛い。失恋していただなんて知らなかったし、仮に兄として聞いたとしても答えてはくれなかったであろう。自分より年下のそれも女性だからこそ話せると思えた。
「碧ちゃんは可愛いから学校でももてるでしょう?彼さん嫉妬しない?」
「うん、他の男子と喋るな!って言うよ」
「ハハハ・・・そうなの。ラブラブね、羨ましい・・・」
「キスもしたよ。ちょっとだけどね」
「ホント!13歳でしょ?」
「まだ12歳だよ・・・早すぎる?」
「そんな事思わないけど・・・ふ〜ん・・・お母さんも心配だろうね。家も父がうるさかったから」
「そうなの・・・手を繋ぐのもダメとか言ってくる」
「そうそう、自分たちはそんな事してこなかったから、わかんないのよ」
「そうなの?じゃあママも私ぐらいの時は好きな人がいなかったのかなあ」
「きっとそうね・・・もっと大人になってから恋人が出来たのよ」
「ふ〜ん・・・そんなものなんだ」
優が戻ってきた。
「楽しそうに何話していたの?」
「碧ちゃんの好きな人のこと聞いてたの」
「あら、戸田君のこと碧ちゃん話したの?」
「うん、お姉ちゃんのこと聞いたから私も話した」
「そうだったの・・・先生の事気にしなくていいわよ。お話続けて」
「いいよ、先生もう終わったから・・・ねえ先生は中学の時好きだった人いたの?」
隼人は知ってはいたが碧として聞いてみた。
「そうね、碧ちゃんぐらいの時は・・・好きというより、憧れに近かったわね。部活の先輩で三年生だった人」
優は傷ついた心の中から違う思い出を探り出して懐かしむように話し出した。
「どんな人だったの?先輩って」
「碧ちゃんの彼みたいに背が高くてスポーツマンだった。頭も良かったし」
「好きって告白しなかったの?」
「出来なかったわ・・・先輩には同級生で付き合っている人がいたんだもの」
「その人、綺麗な人だった?」
「小学生の頃から仲良しだったらしいから、綺麗とか言うのは関係なかったんじゃないのかしらね」
「先生綺麗だから、告白したらきっと付き合ってくれたよ」
「そういうものじゃないのよ、男と女って言うのは・・・まだ分からないかも知れないけど、もっと複雑なの」
この優の言葉に結衣は反応した。
「そう、優さんの言うとおり・・・美人だとか可愛いだとかは最初は気になるけど絶対的ではないのよ男子にとって」
「お姉ちゃん」いつしか碧は結衣の事をそう呼ぶようになっていた。
「お姉ちゃんは、じゃあ何が大切って思うの?」
「男の人は欲しい時に傍にいて欲しいから、いつもベタベタされるのが苦手なの。可愛くてもそうされると重たくなって嫌われちゃうのよ」
「そうなの?・・・じゃあ、碧も達也君に嫌われちゃう?」
「しつこくしているの?」
「どちらかと言えば・・・そうかな。だってくっ付いていたいんだもん・・・」
「可愛いわね・・・達也君も同じ思いなんだろうけど、これからは大人になって行くから、あまり甘えるのはやめたほうがいいかも知れないよ」
「そうなんだ・・・先生もそう思う?」
「結衣ちゃんの言う事も分かるような気がするけど、今は自分の思うようにすればいいって思うわ。恋愛って人によって違うから・・・」
優は碧に不思議な魅力を感じていた。どんな男性もきっと彼女の不思議さに魅かれてゆくんじゃないかと。そのあどけなさの中に潜む大人の顔、それに頭の良さも加わって・・・
「先生、ありがとう・・・」
寝る時間になって碧は優の布団に入りたいとせがんだ。
「もう中学生なのに・・・お母さんと一緒に寝てるの?」
「寝てないよ。自分のお部屋で寝ているから」
「じゃあどうして一緒に寝たいの?」
「先生の傍にいたいから・・・」
「寂しいことがあるの?」
「うん、よくお姉ちゃんと一緒に寝るの・・・なんだか安心できるから」
「事故のこと思い出すの?まだ・・・」
「ううん、思い出さない。そんな気持ちじゃないの・・・お姉ちゃんとか先生みたいな人と居たいの」
「お母さんは嫌なの?」
「考えたこと無いから・・・分からないけど、パパが傍にいるから無理だし」
「誰かと一緒が好きなのね・・・」
「そうかな・・・そうかも知れない」
「構わないよ、おいで・・・」
優は自分では母性本能が強いと思わなかったが、碧が布団に入ってきて、自分に抱きつくようにされても嫌な気持ちではなかった。冷房が効いた涼しい部屋ではちょうど良いぐらいの暖かさが嬉しかった。どうせ眠ると暑苦しさで離れてしまうだろうから・・・
作品名:神のいたずら 第五章 家族旅行 作家名:てっしゅう