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てっしゅう
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novelistID. 29231
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大切な人 前編

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大切な人 前編 


平成10年5月のゴールデンウィークが終わった次の水曜日、いつものように靖子は自宅を出て待ち合わせ場所の駐車場に向かっていた。
今日で逢瀬を重ねるのは15回目になる。数えていた訳ではなかったが、毎月2回逢っていたからそうなると直ぐに思ったのである。
出逢いは何気ないことだった。駅前の銀行で用事を済ませると急に雨が降り出して駐車場までどうしようかと迷っていた時に、後ろから
声を掛けられた男性が今から逢おうとしている人になっていた。

「ボクも車まで行きますからご一緒に傘に入ってください」そう優しく言われた。
「はい、大丈夫です。家に帰るだけですから濡れましても構いませんので・・・お気遣いありがとうございます」
そう返事をした。知らない男性に雨降りとはいえ同じ傘に入って僅かな距離でも歩いてゆくことはいけないことだと思ったからだ。
「遠慮されているのですね・・・じゃあボクが濡れますからこの傘差し上げます」
そういうと傘を差し出され私が受け取るや否や走って駐車場までかけていってしまった。慌てて傘を差して追いかけて行ったが足が速くて
追いつけない。車に乗り込んでエンジンをかけたぐらいに傍まで近づけて、傘をたたんで返そうと声を掛けた。

「あのう・・・傘ありがとうございました。お返しします」
運転席の窓が少し開いてびしょ濡れの顔を見せながら彼は、「時間無いですか?」そう聞いてきた。
「えっ?何の時間ですか?」
「濡れちゃったから・・・乾かしたくて。喫茶店かファミレスにでも行きませんか?」
「そんな・・・困ります」
「ボクは庄司といいます。30分だけ付き合ってください。お願いします」
靖子は初めて男性から声を掛けられた経験をした。戸惑っていると、さらに「ここまでまた戻ってきますから、ボクの車に乗ってください。
今ドアー開けますから」
強引に助手席側のドアーを中から押し開けて誘い込んだ。
「濡れますから・・・早く」
「そんな事言われましても・・・」モジモジしている私にじれったく感じたのか、ドアーを開けて降りてきて、半ば強引に傘を取り上げ助手席まで
誘導されてしまった。
バタン!と閉じられて助手席が閉まるとゆっくりと車は動き出した。知らない男性と二人きりになっているそのことが信じられないことのように
思えている。

「お名前何とお呼びすればいいですか?」
「あのう・・・いけませんわやっぱり。主人が居りますので・・・」
「今だけ忘れてください。下の名前だけでいいです、教えてください」
「靖子です」
多くは話せなかった。いや、話すことが出来なかった。今にも飛び出しそうに心臓がドキドキ脈打っているからだ。
「あそこに見えるデニーズにしましょう」
車が駐車場に入って一本しかない傘で庄司は靖子の肩をぎゅっと寄せて雨を凌ぎながら入り口まで歩いていった。夫以外の男性に初めて
肩を抱かれ何を自分はしているんだろうと悲しくなった。

注文したホットコーヒーに口をつけることも無く靖子はじっとうつむいていた。
「そんな顔をしないでくださいよ。何か悪いことをしているように見えるじゃないですか」
「違うんですか?」
「お近づきのしるしですよ。そんなに気になさらないで・・・ね。ボクはここの近くでお店やってます。雑貨とちょっとした民族楽器なんかの
小さな店ですが、結構今はブームで売れているんですよ。靖子さんは専業主婦されているのですか?」
「はい・・・」
「はい、だけですか?」
「何を話せばいいのですか?」
「ご自分の事、たとえば今夢中になっていることとか、これからやりたいと思っていることなんかでいいですよ」
「お話ししたいことはありません。コーヒーを飲んだら銀行まで送って頂けませんか?」
「ボクのこと好みじゃないですか?」
「夫が居りますので・・・庄司さんには奥様が居られるのでしょう?なんとも思われないのですか?」
「素敵な女性を見てお話ししたくなっただけです。靖子さんはとても綺麗な方だ・・・今まで出逢った誰よりも」
「お世辞がお上手なのね。誰にでもそう仰っているように思えます」
「そうですか・・・あなたにはそう見えるんですね。解りました、銀行まで送りましょう」
「はい・・・」

コーヒーを飲み干して庄司は車に向かった。傘は靖子に渡して自分は濡れながら車まで走っていった。
銀行の駐車場に着くまで庄司は一言も話さなかった。靖子はなんだか自分がいけなかったかのような気持ちに襲われてしまった。
傘を車の中においてドアーを開けて、「ご馳走さまでした・・・傘ありがとうございました」そう言って降りようとした。

「靖子さん、また逢いたいです。ボクはうそを言っているのではありません。あなたが美しいと心から思っています。
お話しだけで構いません。来週の同じ時間に先ほどのデニーズで待っています。時間は今日と同じぐらいにしましょう。来て頂けるまで
待っています。これ電話番号です。捨てないでくださいね」
そう言って携帯の番号が書かれたメモを渡された。
「行けません。お分かりでしょう?こんなことしてはいけないんです。あなただって奥様に知られたら大変なことになるでしょう?
私も同じなんです」
「人を好きになるのに垣根はありません。たまたま結婚していただけのことです。ご主人のこと愛されていても構いません。
強引かもしれませんが、今日の出逢いは運命に感じるんです。自分の中にあった理想の女性に巡り逢えたということがです」
「そんな・・・失礼します」

靖子は駆け足で自分の車に乗り家に戻っていった。頭の中で訳の解らないことがぐるぐると回りだしている。
そして靖子にとって不幸と言うか結果的に今日の出逢いが運命付けられる出来事が起こるのである。

「お母さん、お帰りなさい」
長女の美幸がそう言って玄関に来た。
「ただいま・・・雨に濡れちゃった」
「急に振ってきたものね。ねえねえちょっと話したいことがあるんだけどいい?」
「何?急用なの」
「聞いて構わない?」
「何を?」
「お父さんと旅行する約束してた?」
「旅行?いつ?してないわよ」
「そうよね。お母さんから聞いていなかったから変だと思ったんだけど、さっきJTBから電話があって手違いがあり聞きたいことがあると
言われたの。父も母も留守ですと言ったんだけど、携帯にお出にならないからご主人か奥様にお伝え下さいって言われたのよ」
「なんていう話だったの?」
「うん、来週のスケジュールがホテル側の都合で変更になったので直ぐに電話が欲しいと頼まれたの」
「来週?お父さん何も言ってなかったけど・・・どういうことなのかしら」
「お父さんが帰ってきたら解ることだから心配しなくてもいいんだけど、何か嫌な予感がするの」
「美幸が考えているようなことはないと思うわよ。何かの手違いよ、きっと」

靖子は夫が浮気をするなどと言うことはないと信じきっていた。それほど生真面目な性格だったからである。大恋愛をした訳でもなく
見合いに近いような形で結婚して二人の子供を儲ける最低限の夜の生活しかなかった人だったし。
高校を出て直ぐに就職した靖子は恋愛をすることも無く、周りから「可愛いのに、何故彼がいないの」などと囁かれてはいたが
作品名:大切な人 前編 作家名:てっしゅう