桜の下の秘か
それは確かにそうかもしれない。もし山から見知らぬ女と降りてきてそこを祖父に見咎められでもしたら、祖父はどのように思うだろう。勉学に勤しむべき身で得体の知れぬ女と山で不埒な行いをしていたなどと邪推されかねない。
そうなれば山への出入りはもちろん、彼女もどんな目に遭わされるか。
「わかった? だから私は貴方と一緒には行けない」
「だったら先に貴女が」
「いいの」
ぴしゃりと彼女は言い切る。
「私はまだお花見をしていたいから」
だから早く帰りなさい。
そう言い、彼女はじっと僕を見ていた。帰るまで見張っていると言わんばかりに。
ここで問答を繰り返していては本当に夜が来てしまうだろう。
僕は彼女に背を向け、麓への道を歩き出した。時折後ろを振り返ると彼女はまだ僕を見ていた。
降り進み、時折振り返る。やはり彼女はこちらを見ている。
それを繰り返し、もう彼女が見えるはずがないであろう場所まで降りてきても僕はまだ後ろを振り返ることを止められずにいた。
家が見えてきてもまだ、僕は彼女の姿を見ようと後ろを振り返っていた。