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表と裏の狭間には 十六話―支部長就任―

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七月。
体育祭はあったが、今年は狂った(もとい、珍妙な)競技もなく、つつがなく進行したため、特記事項は特にない。
そのため、今回はそのほかのことを語ろうと思う。

ゆりが関東支部のトップに就任した。
七月はじめ。アーク関東支部の拠点、その中の俺たちが根城にしている部屋にて。
「ゆり、電話だ。」
部屋にかかってきた電話を煌が取り次いで、ゆりが出る。
「はい、楓です。は?ああ、本部?管理部が何の用よ?あ?昇任?トップ入れ替え?マジで言ってる?デマじゃないわよね?really?別に英語でもいいじゃない。で、本当のことなのね?OK、分かったわ。謹んでお受けします。ええ。ええ。昇任式?それ出なきゃ駄目なの?日時は?場所は本部でいいのね?了解。じゃ。」
会話の端々から読み取るに、相手は本部の人間、それも恐らく上の人間だろうに。
『管理部』なんて、明らかに上の人間だろう。
ゆりの態度って、明らかに上の人間に対する態度じゃないだろうに。
「あたしが関東支部長に就任することになったわ。」
「あ、そう。」
適当に聞き流して、お茶を啜る。
どうせいつもの冗談だろ。
皆もそんな事を思ったのか、特に反応もせず菓子を食べたり、雑談をしたりゲームをしたり、各々の作業に没頭している。
「正式な辞令が届いたわよ。見る?」
ゆりがパソコンを操作し、部屋のスクリーンにその画像を投影する。
途端、皆の態度が一変した。
「はぁ!?嘘だろ!?」
「何でゆりが支部長になれるんすか!?」
「人格は考慮しなくなったっていうの!?」
「……ないない。」
「ゆりの虚言もここに極まったね!?」
「嘘だッ!!!」
全員が見事に否定的意見を述べた。
というか、一人変なのがいたぞ。
発病して鉈を持った中学生女子が。
輝がそこだけ選んで再生したのか。
「うっさいわね!正式なメールよ!」
煌たちは我先にとスクリーンを確認する。
「………マジか。」
「マジみたいっすね。」
「マジなの。」
「……マジ。」
「マジなんだ。」
全員ががっくりと膝を折りそうなほど沈んでいた。
「お前ら、何でそこまで絶望してるんだ?」
「紫苑、考えてもみろ。支部長といえば、俺たちのトップだぞ?しかもうちの組織における命令系統では、支部長は本部長の次に偉い役職だ。それにゆりが就任するんだぞ?」
あー…………。
だからどいつもこいつも、嘘だと思いたかったのか。
「ちょっと煌、それどういうことよ?」
ゆりが不満げに煌に突っかかる。
「決まってるだろ?独裁政権が生き残った例は無い。」
「つまりあたしが独裁者だと言いたいのね?」
「勿論グオフォッ。」
あら。煌が落とされた。
「じゃ、今度昇任式に出てくるわ。」
「あー、行ってらっしゃい。」
煌たちが根こそぎ絶望しているので、俺が適当に言っておいた。

で。
ある休日、いつもの部屋にて。
「やっほー。昇任式終わったわよ」
午後になって、ゆりがやっと来た。
どうやら昇任式とやらは今日だったらしい。
「ったくだるいわね。形式ばっか重んじるんだから。」
「こんな支部長嫌過ぎる………。」
煌が絶望に染まった顔色でそんな事をぼやいていた。
「うっさいわね。支部長室に移動するわよ。」

四階の最奥部。
そこが支部長室らしい。
普通の部屋に比べると豪奢で、革張りのソファやら鈍く光る木の机やら、高級らしきものが並んでいる。
「支部長室もそうだけど、各部屋が班での使用を前提としていてくれて助かったわ。」
ゆりの言うとおり、部屋の中にはソファが15人分ほど置いてあり、多いくらいだった。
「ま、環境が快適になったんだから文句言わない。」
「はー………。まぁ、決まっちまったことだしなぁ………。」
しゃーねーっすね。仕方ないの。諦めるしかなさそうだね。
全員が適当な溜息を吐きながら、前の部屋から持ってきたものを棚などに収めていく。
まあ、ゆりの言う通り環境は快適になった。
当のゆり――もとい、支部長様は、支部長の椅子に座って、前の部屋から持ってきたパソコンを起動させる。
おい支部長様、そのパソコンなんなんだ?
「ねぇ、その支部長様ってのやめてよ。」
「はいはい。で?ゆり、それはなんなんだ?」
「これはあたしの私物よ。こっちは部屋に備え付けのパソコン。」
見ると、机にはゆりのノートの他に、もう一台、立派なデスクトップがあった。
「随分立派だな。」
「ええ。かなり上等なものよ。これは支部長用のパソコン。ここから支部のいろんなものを弄れるわ。例えば役職とか、班の構成とかね。」
「絶対王政かよ。」
「うちみたいな組織では、多少強すぎる権限をリーダーに持たせたほうがいいのよ。」
「そういうものなのか?」
「ええ。多少強引にでも統率しないと、すぐ命令系統が乱れるからね。」
「軍隊みたいなもんか。」
「そんな感じね。」
「その権力をお前が握っちまったわけか………。」
関東支部の先行きが不安になる。
「うるさいわね。あたし以上に適した人材がいると思うの?」
それだけ聞くと随分自信過剰な発言だが……。
まぁ、分かってるよ。
俺だけじゃなく、全員がな。
お前は確かに、リーダー格だよ。
多分、ゆりなら組織を最適な形に調整してくれるだろう。
「そうそう、昇任式でいいもの貰ったのよ。」
「いいもの?」
「ええ。支部長に贈呈される特殊弾頭各種詰め合わせ。」
「なんだと!?」
「マジっすか!?」
あれ?
その言葉を聞いた途端、散らばって作業していた班員が集まってきた。
「ふっふっふ。これよこれ。」
ゆりは怪しい笑みを浮かべながら、ジュラルミンのケースを取り出した。
それを開けると。
大きなケースのほとんどは真綿で占められていて、その中に。
色とりどりに着色された弾丸があった。
「これは?」
真綿に埋め込まれるように、色とりどりの十の弾丸。
白、黒、赤、青、黄、緑、金、銀、灰、瑠璃。
全十色。
鮮やかな色。
「言ってみれば武偵弾よ。特別な弾丸。支部長に与えられ、好きに使っていいことになっているわ。ただし、使用後の再支給はないから、考えて使わなきゃいけないけどね。」
ゆりがそんな事を言っている間、煌たちはそれぞれが特殊弾頭を取り出して検分している。
「ちょっと!落とさないでよね?下手すれば部屋ごと吹っ飛ぶわよ。」
「そこまでの威力なのか?」
「ああ、紫苑には話してなかったわね。うちの特殊弾頭は、威力的にチートなのよ。」
チートって………。
「紹介するわ。うちで作られている特殊弾は10種類。つまりここにあるもので全部よ。白いのが閃光弾(フラッシュ)。あなたも前にみたことあるでしょ?莫大な閃光を発する銃弾よ。」
「ああ、去年、耀が誘拐されたときに使われたあれか………。」
「黒いのは音響弾(カノン)。弾頭に細工してあって、弾丸が飛ぶときの空気摩擦を使って爆音を発生させるのよ。デモを見たけど、かなりうるさいわよ。鼓膜がやられたと思ったわ。」
「そこまでうるさいのか………。」
「赤いのは炸裂弾(グレネード)。着弾と同時に爆発するわ。言っておくけど、対戦車榴弾程度の威力はあるわよ。」
「このサイズでそこまでの威力は出せるのか!?」
「青いのは王水弾(アシッド)。王水が仕込まれてるわ。」