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天国へのパズル 閑話休題 - tempo:adagio -

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 濃茶の防護服でTrinity crossのナンバー達は動く。
 世界は選ばれし人の為のもの。選ばれる事の無い人は搾取するだけのもの。その使命を以って、忠実に任務を遂行する。
 忠実に実行する理由は、幼少の頃からの教育が起因している。名前をつけず、腕に付けられたナンバーで呼ばれ、基礎知識と戦闘訓練を叩き込まれる。仲間同士で触れ合うことも許されない替わりに、功績を上げれば防護服を付ける事は無くなる。公的記録に残っていないのは、残る前にそのナンバーが消される為だろう。
 皆が組織に準じて忠実に動く。適性のある孤児を児童施設から抽出していた。

 彼も同じように選別によって選び出された。
 名前は持っていたのだが、その名前で呼ばれる事が無くなると、呆気なく忘れてしまった。名前では無いが、A-08D-3が彼の固有識別子だった。グループナンバーが8、リーダーがDのイニシャル、その中でのナンバー3。
 簡単な呼び名だが、彼らの標的には数字以外の固有識別子があった。彼らに番号が無いことをずっと不思議に思っていた。活動終了時に、グループのリーダーに問うた。

 何故、俺達は戦うのか。

「俺達は何の能も持たない奴等の替わりに、規律と秩序を立ててやってるんだ。考える気の無い馬鹿は、何にも分かってないくせに平気で踏み込んでくる。そして、分かろうとしないから俺たちの出番になる訳だ。それぐらい分かってるだろう?」

 同じ防護服に包まれたリーダーは笑い声を挙げた。彼にとって対人の近接戦闘訓練において、笑い飛ばす彼に勝てない。勝てない限り、彼の言葉がグループの正義であり、自分に示された道標だった。
 しかし、疑問を投げかけた彼には組織の上層に肉親がいた。家族揃って同じように組織に染まるのに、彼は番号ではない名前を持っている。
 与えられた識別子は、持っている人間が死ねば別の者に宛がわれる。それによって彼の言葉は忌々しい程心の中に残った。

 俺達は、こうあるべきなのか。

 それは小さな疑問だった。これが仕事だ。適応を見抜き、自分を引き取った男が組織にいる。彼は自分の事を番号で呼び、上にその番号を並べる事を望む。己が生きる事象を正当化しているのはTrinity crossのみだ。
 疑問を打ち消すように覚えても、彼には忘れられないものが一つだけあった。幼い頃、共に過ごした1人の女性だ。
 彼女がどんな顔をしていたのか、自分が彼女から何と呼ばれていたのか。詳しく思い出せないが、彼女は自分に笑顔をふりまいた。
 そして、それと同じ様なことをする女が作戦中の彼の前に現れた。人の心をかき乱すように疑問を投げかけ、そして怒り、笑う。
 同じ状況で生まれ、違う場所で育った彼女と自分との違いは、Shrineを実行できる素養があるかどうか。それによって捨てられたのに、彼女は彼に手を差し伸べてきた。
 使えるShrineを手に入れ、Trinity crossの実行力を強化する。彼の父親となった男の願いはそれだけで、Trinity crossについて調べようとする彼女が、上層部の標的になるのは時間の問題だった。彼女が消去されるのを黙って待てば、自分は確実に生き残る。それが正義なのか、悪なのか。
 彼は同じグループの男に、リーダーに対して問うた事と同じものを投げかけた。
 似たような返答をし、更に続けていく。

「リーダーは俺達に機械になれと言った。感情を捨てろ、考えるな。それが俺達の生存条件であり、社会に対する適応だ。」
「本当にそう思ってるのか?列を外れたから罰する。消去する。規律によって定められたものが正しい。それが全てなのか?」

 彼は迷っていた。
 記憶の女性と彼に投げかけられた彼女の言葉は、自分に示された道標の先にあるものを全て否定する。言い聞かせるように覚えた規律も、性欲の対象としてあてがわれた女の甘言も打ち消し、残るものは説明のつかない感情だった。
 
 守りたいものは、何だ。規律か、誇りか、やはり命か。

「いや……俺達は、選べないんじゃない。選ぶ時を見てなかったんだろうな。」

 男はため息を吐いて、悩む彼を見た。
 彼には目の前のメンバーが何に悩んでいるのか、そしてその大元である女性と彼女に関わる男を知り、彼らの状況を理解している。
 そして、同じ様に引きずる記憶が彼にも残っていた。

「それで、どうするつもりだ?」

 男の目は作戦を遂行する時のそれと同じだった。
 女は生きる事を諦めた男に恋をして、そして自分の目的にその男が巻き込まれるのを恐れ、1人で罪を背負おうとする。
 彼女によって目的を見つけた男は、彼女を救おうと馬鹿なりに動きはじめて、既に標的にされている。
 そんな2人がTrinity crossに消去されることを防ぐ。
 それが切っ掛けの1つにして、Trinity crossの形を変えたい。自分達は部品ではない。人間だ。
 Trinity crossの2人に、初めて目標が出来た。狂奔。共犯者たる友人、そして守るべき存在。全てを守りきると誓い、動き出した。
 
 結果、目的の半分は達成された。男達は組織強化のみを目標にする男が所有していたShrineと機密書類を盗み出し、1人の人間を救った。
 機密書類の一部はメディアに流れ、軍備品契約において特定企業との癒着が取り沙汰された。関係者の殆どが閑職に左遷か罷免になり、その大半はTrinity crossの元・ナンバーの人間だった。そして、イデア・プログラムの狂気が露呈した。
 軍への介入が一時的に縮小した替わりに、彼らにとって大切な存在である2人の人間が死んだ。
 
 誰が殺したのか。

「誰が殺した、じゃないよ。何故死んだ、だろう?」

 亡くした2人の人間の記憶を引きずり、血まみれで立ち尽くす彼を少年が眺めていた。
 少年はTrinity crossに反旗を翻したナンバーの男とそっくりだった。

「君が死ななかった理由なんて偶然に過ぎない。僕の元を作り出した彼女の求める結果が、君達の望む結果と違った。それだけの事。」

 少年の像が白髪の女性に姿を変えた。データベースの元であるコンピューターのシステムアップと共に生み出された人間であり、最後の成功例だった女性だ。繁殖能力も無く、システムの中を飛び回り、人間が使うプログラムシステムに介入していく。血まみれの彼を引き取った男は、そんな疫病神の女に恋をし、今も焦がれ続けている。
 死んだ筈の彼女はAngel Quartzの機能として1人の少女を残し、Trinity crossや世界に干渉していた。全てはシステムを最初に作り出した彼女の父母達から続いている。

「Trinity crossは世界の混沌を消す為のもの。そして、Angel Quartzは人を生かす為のもの。私達にだって、守る人間を選ぶ権利はあるでしょう?」

 死人の様な顔で見つめる彼が愛しくて、傍にいる黒髪の少女の頭を撫でて微笑んだ。彼女にそっくりな顔をした少女は、亡霊の手によって作られた人形だ。死ぬ間際まで、自分と同じようにタワーの中を動き回れぬ事を惜しみ、そしてその出来損ないぶりを悔やんでいた。