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脅迫します。

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 今日も部下から成果の無い報告を受け取ると、ヴィネットは自室に戻り、叫んだ。
「お前は誰なんだ!!」
 手紙の終わりに書かれている名前に、ヴィネットは息もきれぎれに呼びかける。
「誰なんだ、お前は……」
 その時、目の前に一枚の紙がひらりと舞い落ちた。ヴィネットは天井を慌てて見上げるが、怪しいものはなにもなかった。その紙は唐突に現れ、ベッドの枕もとにぱさりと落ちたのだ。ヴィネットはかけよってその紙を手に取った。それは例の脅迫者からの手紙だった。
『降参して、僕の言う通りしてください。僕の言うことを聞いていれば、悪いようにはなりません。絶対にです。』
 ヴィネットは決して脅迫者に勝てないと悟った。その日からヴィネットは、「My God……」と言わなくなった。


 クリストファー・ヴィネットは死んだ。享年八十五。老衰であった。彼は持ち前の財力と権力を使って、世界の全国家を地球温暖化防止計画に参加させた(これは後に地球統一国家の中核を担う組織の原型となった)。そして自然環境の保護や世界中の紛争の解決にも乗り出した。結果、地球は温暖化を止め、地球の自然は壊滅の危機を免れた。世界から合法化された人殺しも消えた。
 彼は死ぬ数年前にノーベル平和賞を受賞した。これで彼の会社はノーベル賞の全分野を受賞した事になった。地球の温暖化や自然を守るために、様々な革新的なアイディアや技術を打ち出してきた結果だった。
 クリストファー・ヴィネットの名は、未来永劫、人類の歴史に刻まれることになった。
 

 ヴィネットが死ぬ数日前、ある新聞記者が彼に尋ねた事がある。
「まさに偉業です。四十二歳の時に、何故このような決断をなさったのですか?」
「いいえ、これは偉業ではありません。全て脅迫されてした事です。私には他の選択肢は用意されていませんでした」
 新聞記者は、え、と目を丸くする。
「三十二になるまで、私は沢山の後ろめたい事をしてきました。そして神は、私に手紙を送り付け、言う事を聞かないとその全てをばらすと脅してきたのです」
「イエス様が、という事ですか?」
「いいえ違います」
「では、誰なんですか?」
 ヴィネットは目をつぶり、小声でその名をささやく。
「小豆龍様です」
「アズキリュウ様?」
「はい」
 新聞記者は不思議な表情をして、その場でインタビューを終えた。次の日、世界中の新聞にこんな意味の文章が躍った。
『どんな偉人にも健忘症はおとずれる』
作品名:脅迫します。 作家名:小豆龍