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脅迫します。

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 とある手紙が、ある男の元に届いた。手紙は何の変哲もない、日本語で書かれたものだった。しかし一方で、受け取った男はただものではなかった。
男は、多国籍な大企業の社長である。大金持ちである。ポケットマネーもじゃらじゃら持っている。ありすぎて、私設の銀行の金庫いっぱいに、金ののべ棒を所狭しと置いているくらいである。また、その有り余る金を利用して、いくつもの国の大物政治家にたくさんの賄賂を送っている。故に、世界中の巨大な権力を意のままに操る事ができた。極東の島国はもちろんのこと、眠れる獅子と呼ばれるアジアの大国や、太平洋と大西洋の間にある合衆国、果ては石油をジャブジャブ掘っている中央アジアの国々、さらに巨大な半島に乱立する先進的な国々、人類の生まれた大陸にある数多くの国々、つまり世界中の、人がいるところならば、男の力が及ばない場所は無いのである。
男の暗殺をたくらむ者も後を絶たない。だから何重もの万全な警備が男を守っている。男への郵送物も厳重なチェックが何度も行われ、内容の確認まではしないまでも爆弾やカミソリの存在が確認された手紙はすぐさま処分されているはずであった。
 しかし、朝目覚めると男の枕もとには一通の手紙が置かれていた。こういった郵便物はいつもなら、秘書が朝のコーヒーを持ってくる時に、一緒に運ばれてくるはずだった。
 男はいぶかしく思いながらも手紙の封を切った。
『拝啓、三十二歳の誕生日を迎えられたクリストファー・ヴィネット殿。
 日本はとっても熱い季節になりました。僕の近所の畑では小豆が元気に育っています。最近、ちょっとアブラムシが大量に発生しているのが心配ですけれども。これも地球温暖化のせいなんでしょうか? 困ったものです。あ、もしかして昨今よく取り沙汰される放射能汚染の影響でしょうか? 僕は日本人でありながら、どうも日本政府が信用できないんですよね。投票で政治を変えようにも、地元の選挙ではイマイチ何を主張してんのか分からないじいさん、ばあさんしか立候補しないし……。あ、愚痴みたいになってすいません』
 ヴィネットは首を傾げた。日本の会社とはよく取引をするのでヴィネット自身も日本語を使いこなす事が出来る。知り合いも大勢いる。しかしこのような内容を手紙にしたためる日本人と知り合った覚えはなかった。
ヴィネットは読み進める。
『さて本題に入らせていただきましょう。う~ん、まあ、僕は回りくどい言い方は苦手なので、というか面倒くさいだけなので単刀直入に言わせていただきましょうか。あ、でもなあ、うーん、どうしようかなあ。大丈夫かなあ。』
 ヴィネットはますます首を傾げた。なんだこの日本語は。ネイティブではないヴィネットにとって、意味を読みとるには少々難しい内容だ。言いたい事はあるが、それをはっきりと言う事を戸惑っているようだ。
『まあ、ぶっちゃけた話、あれですね。これって犯罪なんですよね。うん。僕としてもできればやりたくなかったんですけど、思いついてしまったんだから仕方がない。うん。性ってやつですかね。ごめんなさいねヴィネットさん』
 まったく日本人の心理は推し量りがたい。ヴィネットは眉間を抑えて少し自分を落ち着かせてからその先に目を通した。
『あなたを脅迫させていただきます。』
 唐突な文章にヴィネットは数回瞬きをした。
『ふっふっふ……。僕はあなたの事は何でも知っているんですよ。あなたは昨夜、二百兆円に及ぶ脱税を15年がかりで終えたところですよね。で、その脱税の関係者、全員を始末しようと計画中です。違うとは言わせませんよ(笑)ああ、そう言えば、マイケルさんはお元気ですかね? ええ、そうです。あのマイケルさんですよ。まったくヴィネットさん、あなたって人は奥さんがいながら、男性ともやってやられる関係を持っているなんて、なんとも過激なお方ですね。フフン。他の人に知られたら大変ですよね。特にマスコミとか。うわー、バレたら大変そうだっ! うぅん、次はどうしようかなあ。あ、これなんてどうです? あなた十五歳のころ、親の権力に物を言わせてクラスメイト全員とやっちゃったそうじゃないですか。そんな頃から両刀使いだったんですね。驚きです。やられたクラスメイト達も、まさか全員がやられているとは想像もつかなかったでしょうね。ああ、何て悪い人だあなたは(爆)』
 ヴィネットはわなわなと体を震わせた。全てが事実であった。そして全て、漏れるはずのないことであった。脱税は孤児から育てた盲目的な義理の息子達に指図して実行したし、マイケルは自分に適度に依存するように心理操作しているし、かつてのクラスメイト達は、反抗的な者は家族ごと秘密裏に社会的にも物理的にも処理し、従順な者は本社で囲って骨抜きにさせている。まさか、潰し忘れた人物がいて、そこから漏れたとでも言うのだろうか。
『まあ、こういうその他諸々の事を黙っていて欲しかったら、いますぐあなたの全精力をあげて地球温暖化防止に努めなさい。ついでに自然環境も守ってください。あ、世界平和にも尽力してネ。あとこれは可能ならの話なんですが、ついでに日本の現状もどうにかしてください。いや、日本と言わず、世界中の国々をどうにかしてください。これはお願いではありません。脅迫です。勘違いしないでくださいね。』
 ヴィネットは「My God……」と弱弱しく呟く。
『まあ、これだけだとさすがにかわいそうなのでチャンスをあげましょう。まあ、どうせ無駄なんですけれど僕としてはさっさとあなたに言う事をきいてもらって、ちゃっちゃと済ませたいので。』
 ヴィネットは目を血走らせて先の文章を読む。
『僕を見つけてください。そうすれば、全てあなたの都合の良いようにできるでしょう。煮るなり焼くなり好きにしてください。ヒントとして、僕の使っている名前の一つを教えましょう。あなたほどの権力がある人なら、僕の居場所がわからないはずがありません。普通ならね。では、精々頑張ってください
P・S お察しの通り、僕は日本に住んでいる日本人で間違いありません。』
 手紙の最後に、その脅迫者の名前が漢字で書かれていた。ヴィネットは、偽名かもしれない、と考えたが、考えても栓がないのですぐに行動に移る。ヴィネットは受話器を手に取り秘書を呼びだし、告げた。
「この日本人を探すのだ!」
 秘書は不思議そうな顔をしていたが、ヴィネットがあまりにも必死な形相をしていたため、その名前を書き写してすぐさま部屋を飛び出していった。


 十年間。
十年もの間、ヴィネットは脅迫者を探し続けた。まずは日本人全ての戸籍に始まり、韓国、北朝鮮、中国とその範囲を広げ調べさせていく。挙句の果てにネットの海にも飛び込んで行った。多くの人員と金がその日本人捜索に費やされた。
 しかし、脅迫者が見つかる事はなかった。
 十年もの歳月は、ヴィネットから平穏を奪っていた。月ごとに脅迫者からヴィネットの秘密をつづった手紙が届くのだ。内容は一字一句間違うことなく正しい。しかもどうやって彼のもとにその手紙が届けられるのかすらも分からなかった。朝目覚めると、必ず枕もとに置いてあるのだ。
作品名:脅迫します。 作家名:小豆龍