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Reborn

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「これ。」
私は友人の前にバタフライナイフを差し出した。
「こうする。」
私は鞘を開くと、刀身を露わにし、すぐまた刃を鞘に戻した。そしてナイフをまたポケットにしまった。店員や他の客に見られないように横目で周りを見渡しながらのことだった。細心の注意を払った。過剰なほど心臓が波打った。
「今の覚えてない?」
友人はすぐには事態が飲み込めない風だった。私たちの友情には鋭さがなく、ちょうどよい具合の丸みで、すべての会話や挙動が、いつの間にか形成されたあるべき周回軌道を回っていた。私がナイフを差し出したことは、その周回軌道を鋭く逸脱し、私たちの友情に、修正がきかない迷いを導き入れかねないことだった。
「確か大学の頃持ち歩いてたやつだよね?」
友人にとって私の悪行は一体どんな風に受け止められているのだろう。友人は悪を志したことがない。そのような人間にとって悪はどんな肌触りがするのか。
「そうそう。いつもジーパンのポケットに入れてた。」
私は沈黙した。正直自分でも何でナイフなどを持って来たのかよく分からない。ただ、ナイフの重さは、大学時代の私の切実な苦しみの重さに良く似ていた。そのさりげない鋭さ、苛立つような光、少し取り扱いを間違えると取り返しがつかなくなる危険さ、すべてが私の当時の人格に照応していた。私はさらに目を伏せたまま沈黙した。
「どうしたい?」
友人は私の混迷を不可解に思ったのだろう。
「いや、話すべきなのかどうか良く分からなくてさ。あの、このナイフのこと。」
「無理に話さなくていいよ。」
「そうか。」
私は再び沈黙した。この沈黙は、かといって友人が新しい話題を出すことを許容するものでもなかった。場は私が話すべき雰囲気になっていたが、それでも私は決心がつかなかった。
「やっぱり話そう。」
「おおなんだろう。」
「このナイフは一度だけ使ったことがある。」
「マジで?」
「いや、人を刺したわけじゃないよ。ただ人を脅したことがあるんだ。」
話したい話題ではなかった。だが、自分の中に沈んだ重たい廃物を引き揚げる必要があった。廃物はスクラップにされリサイクルされ、私も新品になれそうな気がした。
「ある講義が始まる前、後ろの方の席で俺の噂話を始めたやつがいたんだ。あの人はやばい人らしいよ、とか、悪い方向に変わっちゃった、とか。大学生なんてガキだから、そういう話が当人に聞かれた場合の後のことなんてわかってないんだ。そのときは無視した。ただ睨みつけただけだった。でも、次の週でも懲りずに俺の話をする。それで講義が終わった後、トイレに連れ込んだ。」
「ヤバそうな展開だね。」
「「お前さっきなんて言ってた?」って聞いても「何のことですか?」って答えた。「しらばっくれてんじゃねえ!」俺は声を荒げた。そこで俺はナイフを取り出した。最初で最後だったな。一度は使ってみたかったんだ。俺はこわばった体でそいつの腹にナイフを突きつけると、「土下座しろ」って言った。相手もあわてちゃってね。すぐに膝をついて手をついたよ。でも頭を下げないでただ俺を見上げるんだ。「頭下げろよ。」それで頭を下げた。次の週からそいつはその講義に出なくなったな。一ヶ月後くらいにキャンパスで見かけたけど、変に委縮しててね。俺に気づくとこそこそ逃げて行った。」
私は話しながら変に緊張していた。鼓動が耳に聞こえた。その相手を脅した後、しばし私はトイレの壁にもたれかかっていたのだ。一仕事やり遂げた、という達成感はあったが、その達成感は鉛の色と重さを持っていた。私は自分はどこまで落ちて行くんだろう、とぼんやり考えていたはずだ。規範から逸脱したときの、妙に心地よい諦めと後ろめたさがあった。
「やっぱり話すんじゃなかった。」
「いや、いいんだよ。雄太は苦しんでたんだろ? 苦しんだ分、今はもっと楽にならなきゃ。」
「いや、もっと明るい話題にしよう。こんなナイフは捨ててしまった方がいい。何で今まで大事にとっといたんだろう。」
「うん。」
「お冷お注ぎしますか?」
店員がやってきて水を勧めた。端正な顔立ちの若い女性だった。盆の上に大きめの黒いポットを載せて、しばらくの間答えを待って身体を停止させた。彼女の歩いて来て盆を適切なポジションに持ち停止する仕草には、それぞれの誇りがまとわりついているように感じた。
「お願いします。」
友人が答えた。店員は水を注ぐとき、一瞬だけ誇りをまとわせるのを忘れたかのようだった。手を伸ばした動作に彼女の幼さが垣間見られた。だが彼女自身はそのことに気づいていないようだった。
「僕も。」
二人とも長くしゃべっていて、コップの水は、友人は全体の十分の一、私は全体の三分の一くらいになっていた。
「ごゆっくりどうぞ。」
店員は再び誇りをまとわせてカウンターの方へ向かった。
「ちょっとトイレ。」
友人は席を立った。
 私は友人が戻るのを待っていた。待っていると自分だけ時間が止まったような気分になる。親子連れの客が入ってきて、店員が誘導し、客が話しながら何を食べるか考える。周りは動いているのに自分だけ止まっている。こんなナイフを持って来たのも、自分が大学時代のまま止まっているからだろう。前に進めない。前に進んでも過去がやってきて私に追いついてしまう。場合によっては過去が私を追い越してしまうこともある。今日、過去はナイフの形をして私のポケットに収まっている。私はいよいよこのナイフを捨てようと決意した。過去を捨てて、過去との鬼ごっこをやめて、今度は逆に私が未来を追いかけるようにする。未来を具象化した何物かが必要だった。未来を象徴する物体が必要だ。私は何を手に入れればよいのだろう。

作品名:Reborn 作家名:Beamte