金木犀
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そろそろ、最終チェックして印刷所に回すデータが出来上がる頃に、電話でのKさんの声がちょっと高揚しているように聞こえた。心もち話すスピードも速くなった気もする。仕事が一区切りするせいだろうかとも思ってみた。
そして、完全に出来上がったデータをCDに落とし、届けることになった。
「すみません、用事があって夕方まで戻りませんのでポストに入れておいて下さい」というKさんの声は、艶が出て弾んだ、少し若返ったような声に聞こえた。私はなぜか軽い嫉妬のような気持ちが起きて、そんな自分に苦笑した。
外は快晴だった。自転車を走らせながら、目に入る緑と少し色づいた桜の葉、枯葉も地面を覆っている。そして
やはり色づき始めた柿のオレンジ色が、子供の頃そだった故郷を思い起こした。
Kさんの家に近づいて行くと、金木犀の匂いがした。枯れ始めた花々、咲き始めた花々、平屋の小さな家と草木のいっぱいの庭。猫が姿を現し、すぐに逃げて行った。私はポストにCDと原稿の入った封筒を入れて、庭を眺め、金木犀のある裏庭にまわって見た。私が貰った切り落とした枝と違って、しっかりと根をはっている木の花はまだ咲いていた。
何気なく振り返って見た軒先に、洗濯物が干してあって、男物のシャツ、下着が見えた。
えっ、ああ、そうゆうことかと私は少し悲しい気持ちになって、そしてばかばかしい話だと、ハッキリしていなかった自分の気持ちが分って苦笑いしながら停めてある自転車の所に戻った。
(了)