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しっぽ物語 7.美女と野獣

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 Vの口の端に薄笑いが浮かんでいると知ったとき、女の眼が初めて光をともす。入れ込まれた力が余りにも強いので、露出過剰な写真のように白けている全身の中に輝きが混じってしまうこともない。女は重たそうに頭を前へ揺らしながら、身を乗り出した。僅かに捲れあがった服から、しっかりした骨組みの膝が覗く。
「あなた、頭大丈夫?」
 耐え切れず噴出し、Vは顎を反らした。身を寄せ合うようにしていた3人家族が、怪訝な顔で振り返る。綺麗に化粧を施した母親は息子の身体を引き寄せ、自らの肉付きのよい背中で視界を覆う。彼らの眼差しと、眼の前の女の感情を浴びれば浴びるほど、笑いは止まらなくなった。震える喉が発する忍び笑いは鳥の断末魔の鳴き声のようにか細いながらも長く続いて、背後の棚に並べられたミステリー小説と、花瓶に刺された薔薇の造花の隙間を駆け巡る。そのことを頬と耳の付け根で感じながら、Vは女が興味を失って再びそっぽを向くまで、ずっとにやけ続けていた。
「あんたに言われたくないよ」
 掠れた声がとうとう飛び出し後悔したが、女は何も言わず、Vもすぐ、薄く開いた唇から覗く前歯の小ささに興味を逸らしてしまった。
「いい女だよ、まったく」
 しみじみ呟けば、女は顎に当てていた指を動かし、平然と言い放った。
「当たり前よ。あなたと比べたらね」
 言葉の奥にあるのが空白だけだということを知り尽くしているVは、また笑った。
「ところで、名前は?」
 女は答えなかった。
「どこに住んでる?」
 聞こえてくるのは、隣の家族が愛情を確認しあう湿っぽい声だけだった。
「俺の名前は」
「もう聞いた」
 女は水気のない眼を瞬かせ言葉を遮った。
「そんなのどうでもいいわ」
 劣等感と空虚さにまみれた全ての言葉を、Vはとてつもなく愛しいと思った。肉体的な魅力は何も感じなかった。女は頭がいかれていた。それだけで十分だった。
 そう言えば、どんな反応を返すだろうか。楽しみだったが、Vは最後まで言わないでおこうと心に誓った。直視するのにはこの面会室は余りにも眩しすぎたし、何よりも、呪文のようなその台詞を吐いた途端、自らが女と結婚するという妄想に拍車が掛かることを、Vは熟知していたのである。