小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

吉祥あれかし第3章

INDEX|1ページ/9ページ|

次のページ
 
マナが元麻布のインターナショナルスクールに来てから二週間ほどが経った。初日の体育の時間にマナが打ち立てた『伝説』はあっという間に全校生徒内に広まり、バスケットボール部からは正式参加の打診も受けていた。しかし、マナは『俺は5 on 5では素人です。折角Teamとしてまとまっている一枚岩の環境に俺が入ることが全く余計な横槍にならない…と誰が言えるでしょうか?』と丁重に断りを入れた。勿論、そうは言っても休み時間にクラスメイトに乞われれば喜んでボールを掴んでコートに向かって、新しい環境で出来た「友達」という存在との交流を愉しんでいた。
 インターナショナルスクールとは言え、日本の教育機関でもあるため、この学校には「書道」の授業が「アート(芸術)」の授業の一環として採り入れられている。中には日本文化に不慣れで突拍子も無い筆跡で「アート」を創り上げてしまう生徒もいるが、大半は1年生の時から書道に親しんでいる生徒が多いので概ね書道の基本は心得ている。
 そんな書道のクラスは、いつものデスクチェアでは出来ないので長机が配置されている教室で行われている。授業が始まる前、マナは静かに言われた通りの硯、筆、墨汁、文鎮などの用具を教えられた通りの配置にコトコトと置いていると、隣でグループで何やかやと騒いでいた集団の一人に声を掛けられた。
『なぁ、マナはどうなの?』
 時々マナは自分の世界に入ってしまうことがあり、そういう時は周りの話し声を一切シャットダウンしてしまう癖がある。この時もマナはさして隣のクラスメイトが話す事柄について気を向けることがなく、黙々と授業の準備をしていたために、いきなり自分に話題が振られたことに些か面喰った面持ちでいた。
『どう…って、何が?』
『なぁんだ~。聞いてなかったのかよ~』
 別のクラスメイトがからかい気味に茶化すと、周りのクラスメイトもクスクスと悪童らしい笑みを浮かべていた。何の話だか全く関心を払っていなかったマナだが、こういう時は非常に正直に質問を口にする。
『ああ、聞いてなかった。ごめん。何の話?』
 何の他意も頓着も無く直球で訊かれ、クラスメイトたちは躊躇いつつも、ニヤニヤと片頬を揚げたままねっとりした口調で尋ねる。
『マナには恋人はいないのかい?』
 ついにそれを口にした栗毛のヨーロッパ系の男子生徒はしてやったりと言った表情を作り、また、周りにいた男子生徒も女子生徒もその質問に一瞬で色めき立って視線を向ける。
 それまでのマナは言ってみれば「クラスの中の珍獣」であり「観察対象」だった。だが、こう質問されたことによってマナはクラスメイトに「自分たちの一員だ」と存在を認められたのだ。そして、その返答如何によってマナは「どちら側の人間か」という判断も出来る、重要な質問でもあった。
 そんなクラスメイト達の思惑を何処まで斟酌しているかは依然として謎だったが、マナはあっけらかんとこう答えた。
『恋人はいないよ』
 明朗な声に、クラスメイト中がどよめいて矢継ぎ早にマナに向かって質問が差し向けられる。
『ええっ!?いないの!?何で!??』
『作るべきだよ!恋を知らないなんて勿体無い!』
『じゃあ好みのタイプとかは!?』
 どの質問から答えたものかと暫し黙考したマナは、徐に口を開いた。
『「好みのタイプ」というのがどういうものかは判らないけど、俺にとって替えることのできない――掛け替えの無い存在は幾らかはいるよ』
 クラスメイトはその答えに、核心をはぐらかされたような疑念を抱いて、更に詰め寄る。
『掛け替えの無い――ったって、親とかじゃダメだよ!』
『そうそう!親以外で心から愛を捧げたひととか!』
 マナは心持ち俯き加減で墨汁をぽとぽとと硯の中に滴らせながら低く唸った。そして、吹っ切れたように頭を上げると、質問に対する答えを鵜の目鷹の目で見守るクラスメイト達に正対して言い放った。
『心から愛を捧げたものなら、いた』
 ヘイゼルの瞳はまるで懐かしいものを思い出すかのような揺らぎを見せた。マナの思わぬ答えに生徒達はおお、と感嘆の声をあげながらも尚も詳細を聞こうとして食い下がる。
『ええっ!?何っ!?「いた」って!?』
『どんな人!?教えて教えて!?』
 普通の人間なら、このように囲まれてしまっては、しどろもどろになって慌てふためいてしまうか、それとも羞恥で頬を赤く染めてしまうか、ともかく、返答に窮するのが常だろうが、マナは残念なことに「普通の人間」ではなかった。確固たる意思を秘めたヘイゼルの瞳は一瞬、遠くを見つめたような眼をしてから、改めて、まるで胸を張るかのような勢いで静かに語り始めた。
『あれは…美しかった。誰よりも、何よりも。海や空の蒼の向こうに消えていく雲と同じ位白くて、そして儚かった…』
 海と言う言葉から、恐らくティーニアーンで出会った人物であることは皆の想像に難くなかった。どうやらその「少女」は雪のような白い肌を持っているらしい…と具体的な想像をする者までいた。
『あれは、いつも泣いていた。真っ直ぐに伸びた長い髪を風に靡かせて…いつも、「怖い、怖い。もう、来ないで」と泣きじゃくっていた…』
『まさか、その子を苛めたんじゃないだろうな!?』
 早とちりをしたクラスメイトの一人がそう詰ると、マナは違う、と短く答えてから話を続ける。
『俺とあれは…初めて森で遭ったその日から…掛け替えの無い関係だった。愛していた…と言ってもいい。俺が森から浜辺に連れ出しても、最初は怖がっていたけど、その内一緒に波打ち際で飛び跳ねてじゃれ合って…。楽しかった、本当に』
 別れを惜しむかのようなその口調に、いつの間にか話に聞き入ってしまったクラスメイト達はしんと静まり返っている。その中の一人のライトブラウンの髪の少女が恐る恐る口を開いた。
『何で…そんなに好きだったのに…別れちゃったの…?』
 マナは哀しげに眉尻を下げながらふっと溜息をつくと、その少女を真っ直ぐ見据えて短く答えた。
『別れたんじゃない。あれは殺された』
 掛け替えの無い存在が「殺された」―――。思いもかけないマナの告白に場の総員が凍りついたその時、始業のベルが鳴らされて、書道の講師がクラスの中に入ってきた。日本人書道家として、この学校に出張勤務している優しげな顔をした中肉中背のその女性は、拍子手をポンポン、と打つと柔らかな日本語で教卓から生徒達を見渡した。
「さあ、この時間は英語はダメよ。今日も楽しく日本語の書道を勉強しましょうね」
 マナの周りに集っていたクラスメイト達はその声を聞いて「はい」と日本語で返事をしつつ、自分の持ち場に戻り、教師から朱書きされた「見本」を一枚ずつ貰い、次々と毛筆を手に執った。
 マナにとって最初の「書道の授業」だった前回の授業では、マナは大凡ずっと南洋の孤島で暮らしていたとは思えない位の素晴らしい達筆を披露した。驚いた教師は「家で特別に書道を習っていたの?」と思わず訊いてしまった程だ。マナは、一瞬、気不味そうな表情をした後に、朴訥な日本語で言葉を区切り区切り、このように説明をしたものである。
「いいえ…。『にいさん』が、教えてくれました。ひらがなは、苦手です」
作品名:吉祥あれかし第3章 作家名:山倉嵯峨