僕と彼女の夏休み
「勇気、ごめんね。今日本当はお母さんお仕事休むつもりだったんだけど、どうしても行かなきゃいけない用事ができちゃってね。一人でお留守番できるかしら?お母さん、なるべく早く帰ってくるから、お利口さんで待っててね。」
「え・・・うん、お母さん大丈夫だよ。僕もう二年生だもん。お仕事頑張って早く帰ってきてね。」
「勇気は本当にお利口さんだね。お母さんも頑張ってお仕事してくるね。」
自分の顔が泣きそうになるのがわかり、無理矢理笑顔をつくった。お母さんは気づかなかったみたいでいってきます、と言って家を出て行った。何も考えたくなくて、僕はもう一度布団に入り眠りについた。昨日の夜は次の日が気になってしまい寝付きが悪かった。だからなのかぐっすり寝てしまい、僕が起きたとき時計の短い針は2を指していた。お昼食べなきゃ、と思いお母さんがお昼用につくってくれていたオムライスを食べ、暇つぶしとしてゲームをしていた。ピンポーン。家のインターフォンがなってはっとなった。いつの間にかゲームに没頭していたらしく、針は4と5の間を指していた。お母さんが帰ってきたのかと思い急いでドアの鍵を開けた。
「お母さんおかえり。」
そう言って開けたドアの向こうにいたのは彼女だった。久しぶりに見る彼女は、前に見たときより焼けていた。走ってきたのか少し息を乱していて、頬に髪の毛がくっついていた。
「っ勇気君、久しぶり。今から一緒に来てほしいところがあるんだけど・・・一緒に来てもらえる?」
そう言って彼女は手をつかみ、ドアの鍵を閉める暇も与えずにどこかへと僕を連れ出した。
「真希ちゃん、これからどこへ行くの?」
「秘密。ちょっと歩くけどそんなに遠くないから大丈夫。」
何で今まで遊べなかったのか、何が大丈夫なのか、ききたい事は沢山有ったけど、突然の事に混乱した頭は冷静にその事について整理できなかった。見慣れていた住宅街や商店街を抜け、少しずつ草木が多くなっていくのを感じ不安に駆られる。途中から道が登り坂になっていて、最近家でゲーム三昧で外に出る事が減っていた僕はもうヘトヘトになっていた。もうすぐだから、と言い僕の手を引っ張る彼女に半ば引きずられるようにして登って行く。辺りは夕暮れを通り越して薄暗くなり始めていて、街灯などの明かりも見当たらなくなった今、頼りにしてるのは月の光だった。不気味な森の中を突き進んでいく彼女の手をぎゅっと握りしめる。すると、今まで歩みを止めなかった彼女が急に足を止めた。
「どうしたの?」
「着いたよ。勇気君、遅くなったけどお誕生日おめでとう!ギリギリになっちゃったけどこれが私からのプレゼントだよ。」
ばっ、と効果音がつきそうなほど勢いよく振り返った彼女は何かを指差す。僕は示された方を見て息をのんだ。そこに広がっている景色は今までに見た事無いほど幻想的だった。地面には白と黄色の花ハートの形を描きながら咲き誇っていて、その周りを木々が囲むようにして生えていた。木々はまるで花に光を届かせようと配慮してるかのように花の上から伸びた枝をどかしていた。そして、そのぽっかりと空いた空間からは、ちょうど月の光が差し込んでいて、花々をキラキラと照らしている。
「凄い。」
「ここに咲いてる花、見覚えない?あの公園に咲いてた花なんだよ。私が全部こっちに持ってきて植えたんだ。最初はねここ、花なんて一つも咲いてなかったんだよ。」
誇らしげに語られる彼女の話に驚きながらよく花を観察すると、たしかにあの公園で見た花達だった。
「真希ちゃんが全部一人でやったの?ありがとう!今までで一番凄いプレゼントだよ!」
「喜んでくれて私も嬉しい。これね、さっき植え終わったばっかなんだ。正直、誕生日には間に合わないかなって思ってた。」
「あ、じゃあ今まで遊べなかったのってこれやるためだったの?」
「うん!だから、これからはまた一緒に遊べるよ。」
また一緒にゲームしよ、と言う彼女に何故か僕は泣きそうになったけど、彼女の前で泣くのはプライドが許さず、懸命に堪えた。ふと空を見上げると、空は漆黒に染まっていた。
「真っ暗だね。もうお家に帰らないと怒られちゃうね。」
横で彼女がもうそんな時間、と慌てるのがわかる。僕にはそれが少しおかしくて笑ってしまった。それから僕たちは家へと続く帰り道を早足で歩き始めた。帰る途中、僕たちはこの場所の事は誰にも秘密にするという事を約束した。