夢幻双子
ホ・ウ・ジ・ュ
数日が過ぎ、由依の傷もすっかり癒えた頃。
二人は他の新人たちからやや遅れて、任命式前の特訓に入ることになった。
任命式には同時に行われる夢狩り同志の立ち会いがある。そこで夢器が使えなければ恥以外の何者でもない。
が。
礼依の手のひらに現れた煙は、ぷしゅう、という気の抜けた音を立てて消えてしまった。
「だぁぁぁっっ!!なんでうまくいかねぇんだっっ!!」
辺り一帯に響く叫び声。
もう嫌だと言って、どさっと両手足を投げ出してそのままそこに仰向けに転がる。
由依はそれを傍らでやや困ったように見つめた。
「ほら、礼依、そんなにすぐにあきらめないで続きやろうよ」
由依が礼依のことを促すのだが、すねてしまったらしく礼依は一向に動こうともしない。
夢器を発動させるにはまずは念じることだと教えられて、二人とも始まりからずっと念じ続けてきたのに、起こったのは由依の方がどろっとした液体状に変化しただけで、礼依の方は先の通り。全く反応を示さないよりはずっとましにはなったと言えるのだが、これでは確かにやる気も失せるというものだ。
実際由依自身、礼依と同じ様に先程から特訓なんてここで投げ出してしまいたい気分に駆られている。
「よお、やってるかぁ、二人とも!」
そこへ突如として陽気な声音。
見ればでかい体を折り曲げて扉をくぐる皇波の姿だ。
「げ!?なんでお前がここにくるんだよ!?」
「まあっ!せっかくいいコト教えてあげようと思ってわざわざきてあげたのに礼依ちゃんってなんて冷たいのかしらっ!ううっ」
あからさまに嫌な顔の礼依に、皇波がわざとらしく嘆くふり。
気色悪いと礼依が一喝すると、そこへ皇波の背後から苦笑が零れる。
「どうやら元気なようだな」
皇波の後ろから扉をくぐってきたのが、氷央だった。
「氷央さん!」
皇波への態度とは全く反対に飛び跳ねるように礼依が彼に近寄っていく。
「様子を見にきた。どうだ、特訓は」
順調に進んでるかと問われて、礼依が少し困ったように苦笑する。
「ちょっとは反応を示すようにはなりました。でもまだ全然……」
「そう…か……。だが、大丈夫だろう、お前たちなら。一時はどうなるかと思ったがな」
途端にそれは、と礼依が顔を真っ赤に染め上げる。
「そうそう。でもま、こうなるとは思ってたけどな。俺たちの時もそうだったし。な、氷央」 すると苦笑しながら氷央がうなずいた。
「俺たちのとき……?」
「ああ、昔のことだ。私たちも夢狩りになった当時、一騒動あったんだ」
「昔はコイツも「女」になるだろうって言われててな、俺はコイツと付き合い長かったし、そうなったら俺がコイツを守ってやろうって決めてたわけだ。つまりは、礼依と同じさ。ま、結果はこの通りだけどな」
取り出した夢器で皇波は氷央を指し示す。見ての通り、氷央は「男」だった。
それに、意外にも皇波の夢器は補助を得意とする系統の、透明な円盤状の夢器である。礼依の夢器もこの系統と同じだ。対して氷央は白いバトン。攻撃系の特徴を持つそれは、由依のものと同系統だった。
なるほど、と由依はうなずいた。
「でも、それじゃあどうやってお二人は仲直りされたんですか?」
小首をかしげながら問い掛けた由依に、皇波が簡単だと指をたてて応じた。
「俺たちが俺たちであっただけさ。ちっとばかしの才能があってそれ以上に努力さえすれば別に攻撃系じゃなくても攻撃はできるようになるし、逆でもおんなじだ。つまりは、どっちがどっちの役割をって分担しないで、二人ともおんなじ役割をできるようにしたのさこれなら、問題ないだろ?」
にっと、口の端をつり上げて皇波が胸を張る。
由依も礼依も、お互いの顔を見合わせた。
「どっちも同じ役割を…」
「つまりは発想の転換だろうな」
「俺たちもそうなれるかな…」
「なれるさ。お前たちならば」
希望が湧いた。
もしそうなれば、何よりも素晴らしいことだ。
どちらがどちらを担うかではなくて、お互いが同じだけのことをする。
厳しいかもしれないけれど、なによりも理想的な関係。
「よし、そうと決まれば、もう一回いくぞっ!」
がんばるぞ、と意気込む礼依の姿を苦笑して見つめながら、もう一度だと急かされてまた由依は礼依の手を取った。
「そうだ、夢器がうまく発動しないということだが、恐らく、二人とも意識しすぎなんだろう。自然に、そうだな、お互いと呼吸を合わせようとするようにするといいじゃないだろうか。お前たちの夢器は二人で一つなんだろう?」
聞いた礼依は、目から鱗が落ちたとでも言いたげに目を丸めている。
ぱっと、由依のほうを見た礼依の表情は、驚きと喜色に満ちていた。
「やってみよう、礼依」
由依の言葉に思い切り強くうなずいた。
礼依は屈託のない笑みを浮かべたまま由依と手を組み合わせる。
礼依が目を閉じる。
由依も目を閉じる。
二人の呼吸を合わせて。
由依の規則正しい静かな呼吸。
礼依の弾むような賑やかな呼吸。
お互いがお互いのそれに合わせるように。
重なり合わせて。
ありがとう…礼依。
心の中で、由依が言った。
ありがとう…由依。
心の中で、礼依も言った。
由依が礼依に伝えたいこと。
礼依が由依に伝えたいこと。
お互いがお互いに伝えたいことを、心の中でささやいて
ぽぅっと礼依のからだが柔らかな光に包まれる。
おいてすぐに由依の夢器が柔らかな光に包まれた。
柔らかな光は次第に由依の夢器の先に球体を形作り、それがぱっと二人の回りを包み込む。 光の壁が、二人の回りを取り巻く。
そして次の瞬間、鋭い気流がその球体を切り裂いた。切り裂かれた光は塵となって辺りに散っていく。
礼依の腕に、その気流の刃が現れていた。
「おどろいた。礼依の方が攻撃向きで由依のほうが補助向きだったのか…」
「いや…違うだろう。二人とも同等のはずだ。もしかしたら、二人は最初からどちらも使えるのかもしれないな」
これからが楽しみだとうなずいて、皇波と氷央がその光を見つめていた。
ゆっくりと二人が目を開ける。
共に驚きに目を見開いて、キラキラと輝くその光を見つめていた。
次第にその光は薄れ、礼依の刃も姿を消す。
ぱちぱちぱち。
氷央と皇波とが、拍手で二人を迎えた。
「おめでとう、二人とも。これで正式に夢狩りの仲間入りだ」
二人ともが手をつないで、はにかむような笑みを見せて顔を見合わせた。
「あとは慣れだろ。がんばれよ」
『はい』
二人声を揃えてうなずきあった。
共に満面の笑みをお互いに見せ合って。
なんだかすごく嬉しくて、楽しかった。
しばらくの後。
二人はその他数人の新人たちと共に、再び夢使いの前に立った。
夢使い自らに夢狩りとして任ぜられて、共に新しい道に歩み出すことを誓った。
そしてお互いの技を確かめ合うために、共に刃を交わし合う。
「はじめっ!」
合図と同時。
「いくぜ、由依!」
この立ち会いを楽しむように、礼依は由依に向かって駆け出した。
その腕に気流のような刃が現れた途端に、観衆の中からわっと声が上がる。
うなる刃が由依を襲った。