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SEAVAN-シーヴァン編【未完】

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 そこは薄暗い闇に包まれていた。夜だからではない。外部からの光が一切差し込まないためだ。周囲を囲む分厚い鉄の壁と、その先に広がる涸れた大地に遮られた、密閉の広場。光と言えば集まった人々が僅かに持ち寄った松明と、はるか高い天井に申し訳程度に取り付けられた暗い白熱灯だけ。それらが鉄壁にかけられた大きな時計の針を、ようやく見える程度に映し出す。カチッと、僅かな音を立てて、その時計が正確に正午を示した。
 鐘が一斉に低い音を響かせた。音は閉鎖された空間のあちこちに反響し、人々にこれから始まる“あること”を知らせて回った。
 次第に反響する音の波は、ゆるい空気の循環と共に排気口へと吸収されて消えていく。完全におさまってしまうと、音に替わって一筋の強い光が、一点を示した。
 薄暗い中、さらに暗い表情をしてうつむくみすぼらしい人々の群れ。その中央に、一段高く設えられた台があった。光は、その上に立った一人の人物を照らしていた。真っ白なローブに全身を包み、顔もまた真っ白な布で覆った異様な姿。
「これより、反逆者アライム=マーナーの処刑を行う」
 布に遮られてくぐもった声が静まり返った人々の間に響き、反響した。そのすぐあと。今まで明かりが届くことのなかった空間の四隅から、いくつかの小さな光が動き出す。それらは中央に立つ者と同じ、白いローブの者達だった。彼らが手にする松明が、群集たちの間に自ずとできて行く道を、ゆっくりと中央に向けて進んでいく。
 ジャラリ。
 そのとき、この音のない空間で唯一の音が、群衆の耳をひきつけた。
 重い鉄の鎖を、硬い岩盤の地面に引きずる音。繰り返される音の根源をたどると、白い集団の一角に唯一鮮やかな色を見つけることができた。それはざんばらに切られた金色の髪だった。
 顔を覆った白い集団の中でたった一人だけ顔をさらし、両手足を鎖でつながれた状態で連れられていく。伏せられた顔には血の気も無く、地面だけを見つめつづける紫の眼は瞬くこともしない。
 少年、いや少女だろうか。まるでそれは人形のようだった。こどもの姿をしているのに子供らしい表情を持たず、特別にあつらえたきらびやかな服を着せられて、持ち主である富裕な子供に花を添える。その姿の方が、荒んだこの広場にいるよりもずっと似合い。
 だが、それほどこの場に似つかわしくない姿なのに、誰も何の反応も示さない。むしろ時折、台の上へと昇っていくその後ろ姿に、涙を流しながら憎しみの眼差しを向けるものさえもいた。
「罪状を読み上げる」
 先ほどの白き者が、再び声高に言った。
「この者は先日、我が軍を全滅させ、さらには皇太子殿下の御身に傷を負わせるなど…」
「やめて…」
 か細い声が、そのとき白き者の声を遮った。
 だが、それは白き者はもちろん、群集にも届くことはなかった。細い悲鳴は傍らに控えていた若い兵士だけが、ようやく反応し得ただけ。
 そこは処刑台を見下ろす高さに設えられた、貴族達のための席だった。個別に区切られたその一角に、彼女はうずくまった。手すりにすがりつき、次々と罪状を読み上げていく白き者の声を聞きたくないと耳を塞ぐ。きつく目を閉ざし、好奇と憎悪の視線にさらされた彼の姿を見たくないと拒み、その僅かな隙間からは透明な涙をあふれさせる。
 その容貌は涙に乱され、流れ落ちる長い金色の髪に隠されていた。しかしそれでも、台の上に立つ者の姿といくつもの共通点があることが見受けられた。この女性が血縁者であると言うことは、何も知らない者でも気付いただろう。
「エレナ」
 若い兵士が耳元で彼女の名をささやいた。彼女はゆっくりと顔を上げ、兵士に何かを訴えるような視線を向ける。彼女の白く細い指が、兵士の薄暗がりで一層濃く見える紺の軍服をきつく握り締める。薄く口を開きかけ、彼女は何かを言おうとして。
「エレナ」
 もう一度兵士が名を呼んだ。その瞬間彼女の視線は切望から失望へと変わった。きつく裾をにぎりしめていた指先の力が緩んでいく。何かを振り払うように、彼女は首を振る。
「分かっているわ。あの子のしたことが、許されることではないということは…」
 吐息のように掠れた声で彼女は言った。また嗚咽と共に涙が彼女の頬を流れ落ちた。
 そんな力の入らない彼女の体を、若い兵士が支えて立ち上がらせる。そうすると、もうすでに中央の台の上では十字架が立てられていた。
 十字に磔にされているのは、この女性が涙を流す相手。相変わらず目には光が無く、どこを見ているとも分からない。生きているとは思えないほど白い腕や足首に太い鎖が巻きつけられ、それが彼の者の体と十字を固く結び付けている。その足元に、先ほど四隅から現れた白き者達が、束ねられた薪を山と積み上げ、上から大量の油を撒いた。
 辺りは一層しんと静まり、誰もが刑の執行を待っていた。ある者は憎しみを捧げ、ある者は恐れ、ある者は悦びながら。そして刑を受ける者と血を分けたこの女性はおそらく、深い悲しみと言うものを抱いて。
「火をかけろ」
 白き者の、冷たく無機質な声が告げた。
 滑る油の表面に、一人が手にした松明が近づく。その直後。
 放たれた火が、積まれた薪の山から十字の上まで駆け上った。
 その炎の色が閉ざされた空間の中を満たし、一瞬にして辺りを赤で包む。
「あ…ぁ」
 がくがくと、兵士の腕の中で女性の体が震えた。もはや悲鳴さえも出ずに、炎の中にある眼と同じ紫色を大きく見開いて。
 刑を受けたものの断末魔もない、静寂に包まれた執行の時。
 あるのは炎のはぜる音と、立ち上る煙を吸い込む排気口の機械音。
 あとは肉の焼ける生々しい匂いと、辺りの赤い色だけだった。
 
 * *
 
「おいシーヴァ!」
 耳に響く低音が、彼の名前を呼んだ。
 その声に答えてシーヴァンはゆっくりと目を開く。眼を開けた一瞬、紅の炎が脳裏をよぎった。だがそれはほんの一瞬で、再び薄暗い空間が視界を満たす。ただし先ほどまで思考の中に存在した閉鎖空間の暗がりは既になく、それよりもやや明るい薄暗がりには僅かに天然の光が混じっていた。
「まーだ寝ぼけてんのか? お前が出てこんと始まらねーぞ」
 声のほうに視線を向ける。入り口付近に男が一人立っていた。捲り上げた帳の隙間から強い光が差し込んでいるにもかかわらず、その大半が男の長身によって遮られている。その微かな光にさらされて輝いた金髪が、記憶の中の姿とかぶった。
「俺がお目覚めのチューでもしてやろうか? お姫様」
 だが形良い唇の両端が吊り上げられ、紡ぎだされたのはふざけた台詞。
 次第に目が慣れてきてよくよく見てみれば、その男の姿はシーヴァンの記憶の中に焼き付けられた姿とは到底似ても似つかない。髪は確かに金色ではあるが、こっちの男の方が記憶の中の姿よりも濃い色合いだ。それから吊り上った眉に対して垂れ気味の目尻。そこに収まるのは空色の瞳。昔からだと言う肌の色はよく日に焼けた褐色で、それを包む制服はきっちりと着こなされているわけではなく、半分は留め具が外されたまま。
 こんな人物は、シーヴァンの知っている限り一人しかいない。
「イリアか」
 名前を呼び返すと、相手が大きく肩を下げてため息をついた。