日課
「よいしょ、っと…」
大量の本が入った段ボールを、準備室の隅に置く。
ホントにこの本、全部持って帰りたい…。
なんて考えながら、床に座り込んで『処分』と書かれた紙をペタリと貼り付けた。
「んー…、終わったぁ…」
大きな伸びをして、ぱたん、と床に寝転ぶと、竹本くんが私の顔を覗き込みながら言った。
「お疲れさま」
そんな彼に、私は仰向けのまま言葉を返す。
「お疲れさまー」
私の顔に、傾きかけたオレンジ色が差し込んでいる。
そして、彼の体にも。
「なんか、竹本くんに会うときは、いつも夕暮れ時だね」
笑って、思った事を言った。
「確かに」
私の言葉に返事をしながら、彼は近くの椅子に、ゆっくり腰掛ける。
それを見ながら、私もゆっくりと起き上がった。
「『チボー家の人々』、どこまで読んだ?」
「んーと、二巻の半分くらいまで」
「どうだった?」
「んー、よく分かんなかったけど、面白い」
「なんだよ、それ」
暫く、そんな会話を続けていた。
竹本くんは、知的な見た目とは違って、中身は普通の男の子だった。
話す事も趣味も、政治とか難しい事じゃなくて、あのアイドルがどうだ、この科目が解らないだのって。
そういう、普通の男の子だった。
結局私たちは、オレンジ色が濃くなるまで話していた。
「さて、そろそろ帰らなくちゃ」
そう言って、私は立ち上がる。
「え、もうそんな時間?」
竹本くんはそう言いながら、音を立てて立ち上がり、腕時計に目を向けた。
「私、先生に鍵返さなくちゃ」
今までポケットに入れていた、小さな鍵を二つ、手に握る。
一つは図書室の鍵で、もう一つはこの準備室の鍵。
「先行くね」
そう言って、準備室の扉に手をかけた時だった。
「あ、ちょっと待って」
「へ?なに――――――」
振り返った時、頬に竹本くんの唇が当たった。
いや、当てられた。
「…な、なな!ななな、なにしっ!」
混乱と驚きと恥ずかしさで、パニックになった私は、とりあえず彼から離れる。
その時ゴン、と背中を壁にぶつけた。
「…一目ぼれって、信じるかなって思って」
「ひ、一目…ぼれ…?」
真っ赤であろう顔を必死に反らしながら、私は聞き返す。
「俺もよく分かんないんだけどさ、なんだろうね」
そう言って、竹本くんは困ったように笑った。
「伊吹風香さんのことが、好きみたいです」
高校に入学してからというもの、私には日課があった。
‘毎日放課後に、図書室に行く事’。
私が図書委員で、本が大好きだから。
それと。
あの時囁かれた、あの言葉。
私たちを繋いだ本の、名ゼリフ。
――命をかけてきみのものになる――
そんな彼に、会いに行くために……。
fin.