ドラッグ・オブ・ラビット
私は目玉焼きに火が通ったのを確認すると、それを更に移す。白菜の漬物と豚汁二杯、目玉焼きの乗っている皿、そしてご飯二膳をトレイに乗せると、六畳間の中央に鎮座している卓袱台まで運び、並べる。
「いただきます」
「いただきまーす」
手を合わせていただきます。大事な習慣だ。
「あ、そうだ。月のウサギで思い出した。最近流行ってるドラッグなんだけどさ」
「やめてよ。食事時にそんな話題」
「いや、個人的には気をつけて欲しいから話題に上げたの。そのOFF会で聞いた話でね、えーっと、百々目鬼ってクスリなんだけどね」
百々目鬼。盗人の腕に大量の目が現われる怪異だ。
「効能は高揚感、興奮作用。そして視線恐怖症の発症。本来は視線恐怖症の治療薬として開発されたものなんだけど、失敗作でね。逆に健常者に視線恐怖症を発症させてしまうクスリになったのさ」
それが麻薬の類として流通し始めた訳なのか。
「中毒性、依存性が強く、他者に対する攻撃性を誘発するって言う最低なクスリでね。しまいにゃあ幻覚を見るって話。コレが原因で田舎の民宿を営んでいた女将が夫を殺して、息子の友人を巻き込んで自殺するっていう事件があったんだけど、こっちじゃああんまり報道されてないね」
「その息子は?」
「どっかに移り住んだって話。民宿も解体するって話だけど、目途は今のところ立ってないそうだ」
「で、その話が月のウサギとどう関係があるの?」
「イヤね、月でウサギが搗いているのは餅って話だけど、他のも薬を搗いてるって話もあってな。後もう一つ、そのクスリが開発されたって噂されているのが、玉兎研って話」
確か地元の大学の研究機関という話だ。テロメアの研究を中心に行っており、後ろ暗い話もそこそこ聞こえてくる研究室だ。あの研究室ならさもありなんとは思うが、噂は噂だろう。玉兎とは、そのままお月様の兎を現しており、テロメアは寿命に関係したタンパク質構造体であり、お月様の兎が搗いているのは不老不死の薬、ざっと要約すると不老不死を研究する研究機関というわけだ。
「都市伝説だろ、あんなの」
まあ、これの存在は都市伝説の類だ。どこの大学の研究室かも分からない謎の研究室。実際のところ、玉兎研が表立って問題を起こしたという話も聞かない。
「まあ、不老不死を研究している玉兎研がなんで視線恐怖症の特効薬を作らなきゃいけないのか分からないしな」
その日はそれから、その話題が上がることはなかった。
作品名:ドラッグ・オブ・ラビット 作家名:最中の中