適当ファンタジー
第2話 大食い大会に出る
「お腹すいた……」
カリンが仕事をクビになってから3日目。
あれから思うように仕事は見つからず、ふらふらとよろめきながら街を歩いていた。
わずかに有ったお金は底を尽き、いまやカリンは一文無しであった。
「うう、どっかに食べ物落ちてないかなー」
賑わう市場の棚に並べられた美味しそうな果物が目に毒だった。
地面を見ながら歩くカリンの足元に、一枚の紙が落ちている。
「ん?」
何気なく拾いあげたそれに書かれていたのは、大食い大会の予告。
描かれた不必要なほどにリアルな骨付き肉の絵に、カリンの表情が見る見るうちに生気を取り戻していったその時だった。
「おい!大食い大会開始するってよ!行こうぜ!」
「今回は飛び入りOKなんだろ!?賞金100万とか旨すぎるから俺も参加しようかなー!」
「無理無理、やめとけって!連続チャンピオンの高貴なるビュットン様の優勝に決まってんだからよ!」
「高貴なるビュットン様か、あれはマジでキチだよな。俺、あいつの食い方見たらその日飯食えねえよ」
「しっ!変な事言うと捕まるって!」
慌しく駆けていく男たち。
向かう先には、結構な人だかりができていた。
「賞金100万……絶対出るしかない!急がなきゃ!」
先ほどまでのくたびれたカリンはもういなかった、そこには闘争本能に燃えた蟲人の姿があった。
「エントリー、まもなく終了でーす!」
「わああ!はいはいはいはい!!出ます出ます!!」
人込みを押しのけ掻き分け、カリンは飛び込んだ。
「え?あなたが出るんですか?」
「そうです!出ます!」
「は、はあ……どうします?」
受付にいたカリンとそう歳の変わらない獣人の女性が困った顔で、後ろに待機していた同じく獣人の男性に聞く。
「蟲人のお嬢さん、やめておいたほうがいいよ。かなり熾烈な争いになるからね。……それでも出るのかい?」
「出ます!出ないと死んじゃう!」
カリンの声に反応するように、盛大に腹の虫が鳴いた。
「ぷっ!あはははははは!面白いお嬢さんだね。いいよ、出るといい。私は君を応援するよ。好きなだけ食べてくればいい。でも無理はしないようにね」
「ありがとう!獣人のおじさん!」
「ああ、がんばって」
こうしてカリンは、エントリーしたのだった。
「それでは、出場者の入場です」
ぞろぞろと入場してくるいかつい男たち。
「え、おい!そんなちびっ子出るのか?」
一番最後を歩いてくるカリンの姿に、観客がざわめく。
「なんだありゃ、場違いだぜお嬢ちゃん!観客席はこっちだぜ!」
「食べるよりも食べられないようにな、がははは!」
野次が飛ぶ中、カリンは「食う」という欲望に支配されていたため全く反応しなかった。
席に着いたのを見計らい、司会者が深呼吸をして大声を張り上げた。
「それでは、前回チャンピオンの登場です!高貴なるビュットン様でーす!」
途端にカリンへの野次は止み、大きな歓声になる。
現れたのは、異形的な体型の男。
まるで肉の塊、体長2メートルは軽く行く超巨大な姿。
そして驚くべきは、背に生えた鳥の翼の存在。
何がどう間違ってそうなったのか小一時間ほど問い詰めたところで変わりはしないだろう、そう思わせるぐらい翼人に似つかわしくない姿をしていた。
「ビュットン様!ビュットン様!」
ビュットン様コールの中、当のビュットンは出場者を見渡した。
「おやおや、可愛い出場者がいますねえ。その触角、蟲人ですかあ。翼人だったら愛人にしてさしあげても良かったんですけどねえ」
「ん、お断り」
傍に近寄ってきたビュットンを見上げるが、腹を減らしたカリンはイライラしていたせいもありあからさまに嫌悪感を顔に出した。
「なっ!貴様!ビュットン様になんて口利くんだ!」
「利くんだ!」
するとどこからか、どこからっていうか、ビュットンの後ろからひょろ長い翼人と小さくて丸い翼人が飛び出した。
「ビュットン様はな、伯爵なんだぞ!」
「なんだぞ!」
「ふーん、どうでもいいわよ。早く始めてよ!私はお腹が空いて空いてイライラしてるの!」
「な、なんだとお!」
「とお!」
恐れを知らない態度のカリンに食って掛かろうとするひょろ長とチビ丸翼人。
「そうだそうだ!ビュットン様を悪く言うな!」
ざわざわする観客たちの中から、カリンを非難する声が上がる。
翼人以外の人種である彼らは、ビュットンを恐れているのだ。
些細なことで、翼人であり伯爵であるビュットンに睨まれ処刑されたものが大勢いたからだ。
だが、カリンは態度を変えなかった。
腹を減らしていて理性が効かなくなっていたこともあったが、正義感が強いカリンは弱者を痛めつける行為を平気でする翼人が嫌いだった。
「まあまあ、皆さん。大丈夫ですよ、私は寛容ですからねえ。お嬢さん、私はビュットンと申します。以後お見知りおきを」
ビュットンはお辞儀をすると手を差し伸べてくる。
「私はアンタと仲良くする気はないわ」
カリンは差し出された手を一瞥し、プイッとそっぽを向いた。
「で、では、気を取り直して!ビュットン様お席をこちらにご用意しました!」
気まずい沈黙を破り、司会者が声を上ずらせて進行を再開し始める。
「そうですね。皆さん、お腹も減っていることでしょうし、始めましょうか」
丸い顔は笑みを浮かべていたが、カリンを見やるビュットンの目は怒りに打ち震えていた。