適当ファンタジー
第1話 仕事をクビになった日
「ちょっとどういうことよ!?」
「クレームがあったんだよ、荷物が遅いってね」
「なによそれ、ちゃんと期日に間に合ったはずでしょ?」
「あんなものは目安なの。うちは『どこよりも早く』がモットーなの、わかる?他より速いことが強みなんだよ。なのに隣街に荷物届けるだけで、丸1日もかかるって遅すぎるんだよ……まったくうちの信用がた落ちだよ。これだからどんくさい蟲人は嫌いなんだ。さあもう分かったろ!帰った帰った!仕事の邪魔だ!」
「ちょっと!待ってよ!仕事!私の仕事は!?」
「は?ないよ!ちょうど新しい翼人の子が入ったし!お前はクビだクビ!」
「はあ!?ふざけないでよ!私は笑顔と一緒に手から手に直接届けることがモットーなの!ただ速ければ良いって言うもんじゃないでしょ!乱雑にポストに突っ込むだけのどこが配達なの!?……いいわよ!私は私で配達屋やるんだから!!」
マルニム配達所内にカリンの怒声が響き渡る。
一瞬静まり返った所内だったが、すぐに何事も無かったように動き出した。
そんな中、数人の女の笑い声が聞こえた。
背中に綺麗な翼を生やした彼女たちの顔は、黒い笑顔で歪んでいた。
「なにあれ!本当にむかつくわ!」
大きな翼を広げ飛んでいる翼人たちを恨めしそうに見る彼女の名前は、カリン。
頭に触角を生やした蟲人で、歳は19である。
街の郊外のボロイ集団住宅に住んでいる。
両親はまだカリンが赤子の頃に死んだと祖母に聞かされていた。
そしてその祖母も少し前に死んでしまい、今は1人で暮らしている。
1人で生きていくためには先立つものが必要なのだ。
はいそうですね、金です。
金ないと飯は食えんし……飯は食えんし飯は食えん飯h。
どうにか見つけた配送の仕事でその日を暮らしていたのだが、今クビになったのだ。
ああ、無職無職プータロー。
だが凹んでいる暇などない。
カリンは次の仕事を探しに行くのだった。
この国の名前は、キリアン。
様々な姿をした人種が住んでいる多国籍国家である。
中でも目立つのが、翼人と呼ばれる鳥の翼を持つ気位の高い人種。
自由に空を飛び美しい容姿を持つ彼らは、他の人種に比べ経済能力が高い。
ゆえにこの国の富裕層は翼人が圧倒的に多く、人類皆平等を掲げるキリアンだったが、3年前に翼人の王が生まれたことがきっかけで完全に翼人たちの独裁国家と成り果てていた。
通貨は王の肖像画、街のいたるところに王の像、法律すらも王の気まぐれで翼人優遇のものに変わってしまった。
逆らうものは捕まり処刑されてしまう、翼人以外の人種はひっそりと暮らすしかなかった。
「あ、いたいた。おーい、蟲のお姉さーん」
「ん?……またアンタ。私に何か用?」
振り返ったカリンの上、白く大きな翼を広げ見下ろす少年がいた。
彼の名前は、ヴィウルゥ。
好奇心旺盛な17歳。
人のよさそうな笑みを浮かべているが、どこかシニカルさを漂わせた翼人である。
「お姉さん、配達の仕事クビになったんだって?」
「そうよ!悪かったわね!なんか文句あるの?」
「べっつにー。僕には関係ないしー」
「むっかつく!この!この!落ちろこの!」
「何だよ怖いなあ。石投げないでよ。お姉さんに良いものあげようと思ったのにさー」
「なによ」
「はいこれー」
ヴィウルゥは手に持っていた箱を放り投げた。
が、カリンは手を出さなかったので箱はそのまま地面に激突。
「ちょ、なんで受け取ってくれないの?」
「なんで受け取らないといけないの?」
「いや普通さ、ありがとうって貰うもんじゃないの?」
「ありがとー」
「って、落ちたままだし。まったく、もう。中身割れものだよー?もう割れてるよ。くっちゃくちゃに割れてるよ?」
「投げるほうが悪いでしょ」
「何、今日はえらく機嫌が悪いね」
「悪いに決まってるでしょ!私はちゃんと仕事してるのに!少し遅いって言うだけでクビなんておかしいわよ!」
「ふうん、遅いって歩いてるから?」
それまで空に浮かんでいたヴィウルゥは地面に降りてくると、箱を拾い上げる。
「決まってるでしょ?私はあんたたち翼人と違って飛べないんだから」
「へえ、そうなんだ。僕はてっきりお姉さんは飛べないんじゃなくて、飛ばないんだと思ってたよ」
「どういうこと?」
「ん?お姉さんてさ、羽根あるよね?」
「な……ないわよ!あるわけないでしょ!私は蟲人なんだからあるわけないでしょ!」
「そうなの?蟲人って言っても色々いるでしょ。ハチ族とかぶんぶん飛んでるしさ」
ほらあれとか、と、頭上を飛んでいった蟲人を指差すヴィウルゥ。
「私はアリなの!」
「なーんだそっか、アリさんだったんだねー……ってお姉さん嘘つくのヘタだよねー」
飛んでいく蟲人の姿を眺めているカリンだったが、触角に違和感を感じて振り返る。
「ちょ、なに!?触らないでよ!」
「僕アリ族の女の子と付き合ったことあるからねー。アリさんはこんな触角じゃないよ?」
「ちょっと!!放してってば!!」
「この触角は掴み心地が最高だね♪」
頭ひとつ分背の高いヴィウルゥの手によりカリンの触角は弄ばれていた。
「ねえお姉さん、これ1本ちょうだい」
「だれがやるか!」
「えーけちー。じゃあ羽根だけ見せてよー」
「いーや!」
「えー見せてくれてもいいじゃん」
「いーやーだーっつってるでしょ!」
「いやいや、お姉さん羽根生えてないんでしょ?じゃあ、そのすべすべな背中を僕に見せてくれたってバチは当たらないよー」
「なんでアンタなんかに見せなきゃならないの!」
「僕が見たいからです」
「くたばれ」
「お姉さん、激しすぎるよ。くたばれなんて言われたら僕、泣くよ?」
「泣けばいいでしょ!アンタほんとにウザい!」
「ええ、ウザい男ですから。で、これはい」
ヴィウルゥはさわやかな笑みを見せながら、さっき受け取ってもらえなかった箱をカリンに差し出した。
「だから何よこれ」
「くっちゃくちゃに割れた僕の愛」
「間に合ってます」
「まあまあ、そう言わないでさ。お金なくて困ってるんでしょ?これでも売ればいいよ。じゃあ僕次のデートがあるからまたね!」
「ちょ、ちょっと!」
「じゃあね、ばいば~い!」
箱をカリンに押し付け、ヴィウルゥは翼を広げ飛び去っていった。
その後姿をカリンは唖然と見守るしかなかった。
そして数日後、カリンの運命は大きく狂って行くのである。