キツネ目をつかまえろ
「徹夜明けの日に飲むと、前後不覚に陥るんです。ひどいときは植木等状態です」
「駅のホームのベンチでごろ寝、ですか」
「意外に知ってましたね、そんなふるい歌を」
早川がそう云うと、結城はなぜか慌てた表情を見せ、
「あっ、そうだ。話を戻しましょう。去年僕が消えた先はフランスのパリなんです」
「観光旅行ですか。きれいなところなんでしょうね」
「早川さんはまだですか?」
「子供の頃両親に連れられて行ったらしいんですが、まるで憶えてないんです。一体どうなってるのか、自分の頭の中を見てみたいですよ」
「それは、何か大きなショックがあったからではありませんか?まあ、それはともかく、僕の話を聞いてください」
「パリの話ですね。去年のいつ頃出発したんですか?」
「二月半ば過ぎでした。バイクのレースで知り合ったフランス人のところへ、油絵の道具やキャンバスを送ってから出かけました」
「油絵ですか。じゃあ、今はレースをやめて画家になったんですね?」
「まあ、そういうことになるのでしょうね。中学生の頃から風景画を描いていました。十七のとき、友達に誘われてバイクに乗るようになったのですが、その友達がレース中に亡くなったのが、三年前のことです。そのときから完全に絵のほうに戻ったわけです」
「レース中の事故だったんですね。同じレースに出ていた……」
結城は早川を遮るように云った。
作品名:キツネ目をつかまえろ 作家名:マナーモード