鬼事(5/12編集)
「その夢っつーのは、オレが出てくる夢なんだ。え? 自分の夢なら普通そうじゃないのかって? あー、そういう意味じゃない。説明がむずいな」
山吹嵐としての自分の他に、嵐の姿をしたヤツ……というか、「山吹嵐」そのものが出てくる。つまり、自分が二人いる。
「なんでかって? 知らねえよ。夢なんだからしょうがねえだろ」
格好はほとんど同じ。ちょっしたところだけ違う。シャツの柄とか、ズボンのデザインも似てるけどよく見たら違っている。ちょっとずつ。
「他に誰がいたのかって? 誰もいねえよ。オレとオレ……わかりにくいな。自分と同じ顔のヤツを、そいつ呼ばわりするのはなんか気が引けんだけどしょうがねえか。オレと、ソイツしかいなかった」
場所はよく分からない。正直言うと、よく覚えてない。ただ、なんだかどこかの建物の中だった気がする。床は石造りだったことだけは覚えている。足音が大きく響いたから。長い長い、直線の廊下みたいなところ。
「そいつは、走るオレから逃げてた。……ああ、そうか。オレの立場から話したほうが分かりやすいか」
「オレはそいつを追いかけてた。なんで追いかけてたのかなんて、所詮夢の話だしよ、なんでだろうな。まあ、とにかくオレはソイツを追いかけてた」
ソイツは嵐から逃げていた。そりゃあもう、無我夢中で逃げていた。自分同士の追いかけっこだ。どっちが勝つかなんて、想像もつかなかった。なんせ、どっちも山吹嵐なのだ。どちらが勝ってもおかしくないというか、むしろ勝敗が決まったらおかしいというか。
だが、運命というのは残酷だな。こういう時は大概、追いかけられてる方に不運が訪れる。
そいつはいきなり躓き、転んだ。嵐はそいつに追いついた。ソイツは嵐の顔を見て、恐怖に駆られたように叫んだ。
「お前は何者なんだ? なんでオレの顔をしてんだよ!? オレを捕まえてどうする気だ!」
おかしなことを言いやがると嵐は思った。だって、自分の顔をそっくりなのは夢のソイツの方なのに。なんで夢を見てる自分がそんなことを言われなければいけないのだ!
嵐はその時、カッと訳の分からない怒りに襲われて、両手でそいつの首を掴んだ。ギリギリと締め上げてやる。ソイツはしばらく抵抗していたが、やがて動かなくなった。
「死んだ……いや気絶したんだと思う」
それと同時にそいつの姿がパッと消えて、嵐が我に返った時は布団の上だった。
作品名:鬼事(5/12編集) 作家名:狂言巡