新世界
「収容所から抜け出してルディの車で少し走ったところで、ヴァロワ大将とも出会った。彼はルディに共和国に行き亡命するよう告げた」
ヴァロワ卿とも会ったのか。ルディに亡命するよう告げた、だと?
「帝国も君が居た頃とは随分変わってしまった筈だ。……ルディは内部での変革は難しいといっていた。だから外部圧力によって変えてほしいと俺に願いを託した」
アンドリオティス長官は最後に手を放してしまったことが悔やまれる、と先程フェイ達の前で言ったことをもう一度俺に言った。
「……何としてでも彼を共和国に連れて来るべきだった」
「……兄には何か策があってのことでしょう」
「皇帝に逆らったらどうなるか、君は一番良く知っている筈だ」
「それを言うなら、兄も理解している筈です。兄のことだ。自分やロートリンゲン家が潰されないよう策を弄している筈」
「ロートリンゲン家については、文化関係への投資を増額したと言っていた。それにより、ロートリンゲン家無しでは帝国の教育・文化関係が維持出来ないことになるらしい。自分自身に関してはおそらく何も考えていまい。……ただひたすら俺を逃がすことだけを考えていたようだ。自分の身を削ってな」
「何を……言いたいのです」
「……君を見ていると意地を張っているのが解って、見ていて辛い。仲の良い兄弟だったのだろう。君にも言い分はあるのだろうが……。これは俺が言うべきことでは無いが……、次にルディに会った時には許してやってほしい」
「貴卿には関係の無いことだ。それに私はもう二度とルディと顔を合わせる気は無い」
「条件つきながらB案採用を支持したのは、一刻も早く帝国に足を踏み入れるためだ。ルディの置かれている状況は、君にも想像に難くない筈。……俺が言いたいのはそれだけだ」
失礼する、アンドリオティス長官は軽く目礼して、部屋を後にした。
ルディの置かれている状況――、俺とて解っている。だが、未だルディを許せない俺の気持はどうすれば良い。
あの時、ルディが皇帝を支持さえしなければ――。
マリとの婚約を破棄してくれていれば――。
「ロイ」
いつのまにかフェイが入室していた。お前らしくもない――と俺を見て告げる。
「怒りが収まらないだけだ」
「嘘を吐くな。宰相のことが気にかかっているのだろう」
「お前までそのようなことを言うのか」
「俺まで、ということは、やはりアンドリオティス長官ともそのことを話していたのか」
語るに落ちるとはこういうことだろう。自分の迂闊さが腹立たしくなってくる。
「……怒りの矛先を間違っているのではないか? ロイ」
「俺と兄のことはお前にも何も言われたくない」
「……ではひとつだけ。感情に絆されると的確な判断が出来なくなる、とだけ言っておく。お前の場合、特にな」
「兄がどうなろうと構わん。自分で蒔いた種だろう」
「俺と違い、お前は育ちが良いからすぐ顔に出る。詰まらん意地を張っていると後悔するぞ。……さて、帰ろうか」
「育ちが良いか悪いかなど関係無いだろう」
フェイは携帯電話を取り出して、これから連邦に帰る旨を伝える。意地を張っているだけだ――とアンドリオティス長官にも言われた。
確かにそうかもしれない。
意地を張って、許すことが出来ない。一連の事件を思い返せば返すほど、許すことが出来ない。許せない。
子供じみているが、この意地を緩めることも出来ない。もう引けないところまで達している。
俺がルディと会うことはもう無い。あの牢のなかで、俺は二度と会いたくないと言ったのだから――。