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新世界

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「は。何も知らない人間がこんなところに入って来る訳がない。もっと上手い嘘を吐くんだな」
「俺はこの国の人間じゃないから地理に明るくない。此処に迷い込んでしまっただけだ」
「いつまでもお喋り出来るほど気が長くないんだ。早く出せ!」
 カチリと微かに聞こえた音は撃鉄を起こした音だろう。そっと足音を忍ばせて二人に近付く。一人の男はランニングシャツに黒いズボンという軽装で、向かい合う男に銃口を向けていた。もう一人の男は堂々と男に立ち向かい、銃を下ろすように告げる。その様子は場慣れしているようにも見えた。もう少し様子をみようかと思ったのも一瞬のことだった。風貌の良いとはいえない男達が十五人、古びたビルのなかから出て来た。ある者は拳銃を、ある者はナイフを手に男を取り囲む。取り囲まれた男は溜息をひとつ吐いて言った。
「お前達の言う男のことなど俺は知らない。其処を退いてくれないか。他国で揉め事を起こしたくないのでな」
 帝国を他国と呼ぶということは、この男は別の国から来た者なのだろう。何故、こんな場所に居るのだろうか。迷い込んだのか。
「この場所を知ってそれで済むなどと思うな!」
 一人の男が拳銃の引き金を引く。パンという音が辺りに木霊するのと、私が彼等の前に出るのとほぼ同時だった。一方、取り囲まれていた白いシャツの男の方は、拳銃を巧みに避けてその足で拳銃を弾き飛ばす。私に気付いてちらと見遣ったが、男は何も言わず、自分に襲いかかってくる別の男を殴りつける。別の男が銃口を向けるのを見て、伏せるよう告げると男は器用に身体を仰け反らせて、眼前の男を蹴り上げながら、宙で一転した。鮮やかな身のこなしだった。その様子からもかなり場慣れしていることが窺えた。おそらくロイと互角だろう。私が加勢に出ることもなかったかもしれない。私が五人を相手にしている間に、男は十人を倒した。
「援護、ありがとう」
 この時、男の姿を初めて正面から見た。年は私と同じぐらいだろうか。肌は少し陽に焼けて私よりも少し背の高い、鼻筋の通った彫りの深い男だった。そしてその時、遠くからパトカーの音が聞こえた。男は気まずそうな顔をした。先程、この男自身が言っていたように、他国で揉め事に関わりたくないのだろう。警察官に捕まったら、尋問を受ける。特にこの帝国は外国人の犯罪には手厳しい。
「此方へ」
 男を促して、路地をさらに進む。警察に捕まりたくないということは、もしかしたら国際的に指名手配されているのかもしれないが、何となくこの男のことを放っておけなかった。

 路地の影に身を隠す。警察官が此方に来るのが解ったが、彼等は私達に気付かず通り過ぎていく。それからさらに路地を進み、大通りに出た。
「ありがとう。助かった。……もしかして君がギルバートかな」
「残念ながら違う。闇取引なら金輪際止めることだ」
「ああいや。そういうものではないんだ」
「しかしあのような場所で待ち合わせるということは、何らの犯罪に荷担しているのではないのか」
「犯罪ではないよ。ある人に頼まれて少し話をしに来ただけだ。そうしたらあいつらに絡まれてしまった」
「ならばあのような場所に近付かぬことだ。この辺りは港に近いから、路地裏での犯罪が発生しやすい。ガイドブックにも書いてあるぞ」
「そのようだな。心得ておくよ。仕事で来たようなものだからガイドブックも見てなかったんだ」
 男は苦笑するように肩を持ち上げた。そういえば、旅行者にしてはこの男の言葉は発音も文法も間違っていない。仕事で何度か足を運んでいるのだろうか。何処から来たのだろう。
「ああ、此処からも綺麗に海を眺められるのだな」
 男は眩しそうに眼を細めて陽の傾きかけた海を見つめた。
「此処は少し坂になっているから、海が綺麗に見える。日暮れの瞬間は今以上に美しい」
「そうか。俺は初めて海を見る。陽が沈むと言ったら地平線上に沈んでいく様しか想像出来ない」
「海を見るのが初めて……?」
「ああ。俺は新トルコ王国の生まれでね」
 新トルコ王国と聞いて思わず眼を見開いた。新トルコ王国といえば、確かに海の無い国だが地下資源が豊富で、住民達の貧富の差も少ないと聞いている。それほど大きな国ではないが、充分すぎるほどの資源を有する国にも関わらず、これまでどの国の侵略も防いできた。外交手腕も巧みで、軍事力もある。侵略はしないと標榜して、専ら自国の領土保全に尽力している。帝国とは友好条約を結んでおり、貿易のやり取りはある。互いの国に旅行に行くことも出来る。
 だが、帝国のなかにはこの新トルコ王国を手に入れれば、経済的な問題が解決すると考える者が居る。軍務省に所属する旧領主層は特に――。
「どうかしたか?」
「あ、いや。……私は新トルコ王国に赴いたことがないが、良い所だと聞いている。貧富の差が少ないと」
「新ローマ帝国ほどの華やかな裕福さは無いよ」
「此処は富める者とそうでない者の差が著しい国だ。そうした差はいずれ騒動の素となる。それを考えれば、貴国の方がこれから後も平穏に過ごせるだろう」
「……帝国でもそう考える人は多いということかな。俺が会おうとしていた男もそういう人物だったんだが。……ええと、君の名前を聞いても良いかな」
 本名を告げるのは躊躇された。相手が新トルコ王国の者だというだけで、どんな職にあるかも知らない。私と同じように官吏だったら、私の名前を知っているかもしれない。
「ルディだ。そう呼んでくれ」
 ミドルネームならば気付かれないだろう。そう考えて、名乗った。
「俺はレオン。……ああ、済まない。少し失礼する」
 レオンと名乗った男は胸の内ポケットから携帯電話を取り出した。誰かから着信が入ったようだった。新トルコ語で会話を始める。約束の場所に行ったが会えなかった、と彼は言っていた。ギルバートとか言う相手と会う約束をしていたと言っていたから、電話はその相手からなのだろう。レオンはまた明日改めて会おうと告げて電話を切った。
「どうやら俺が場所を間違えていたみたいだ」
「あのような場所を待ち合わせにするのは闇取引を行う者達ばかりだ。君は違うのだろう?」
「ああ。犯罪とは無縁だ。安心してくれ」
 レオンの答え方に笑うと、レオンもつられるように笑った。人懐こい笑みだった。きっと誰からも好かれているに違いない。
「ルディ。もし君の都合が良ければ、これから一緒に食事でもどうかな?君とは話が合いそうだ」


 道で会っただけの素性も良く知らない人間と共に食事をするなど、私にとっては初めての経験だった。それでも快く了承したのは、私がきっと彼に興味を抱いていたからだろう。否、レオン自身というよりも新トルコ王国の現状に。レオンから新トルコ王国について色々と聞いてみたかった。
 ミクラス夫人に夕食は要らないとの連絡をいれてから、海沿いのレストランへと向かった。レオンは気取ることもなければ穏やかな性格の男だった。新トルコ王国に興味があると告げると、彼は地理や風土、人々の暮らしについて語ってくれた。隣国ということもあって新トルコ王国の様子に関して知識はあったが、こうして実際に住んでいる者の視点から見た話を聞くのは非常に興味深かった。
作品名:新世界 作家名:常磐