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新世界

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 本部では将官達が待ち受け、出迎えてくれた。無事を喜び、労いの言葉をかけてくれた。ハリム少将とラフィー准将は頻りに俺に謝ってきた。
「ハリム少将もラフィー准将も私の命令に従ってくれたまでのこと。それにエスファハーンでは私の判断ミスがあったことは否めない。皆に迷惑をかけた」
 将官達に向かって詫びを告げる。すると、彼等は此方に向かって敬礼した。驚いてその光景を見つめていると、ハッダート大将は皆、お前に辞められると困るということだ――と言った。
「……ありがとう」
 礼を述べると、ムラト大将が肩にぽんと手を置いた。
「議会と各省にはお前の帰還を伝えておく。明日、議会に顔を出すよう予定を組むから、今日はまずお祖母さんの所に行ってやれ」
 ムラト大将に感謝した。それから執務室に置いてあった私服に着替え、テオと共に本部を後にした。

 テオによると、祖母は家で倒れ、一時は意識不明の状態に陥ったらしい。倒れた当初は自宅と同じ郊外にある病院に運び込まれたが、テオが官庁に程近い病院に転院させたのだという。
「家の方の病院だと、俺が本部まで通えなくなる。祖父さんは祖母さんの世話は自分がすると言って聞かない。祖父さんもあまり身体が強い方ではないのに、家と病院を往復する気だったから、此方も気が気じゃなくて……。それならいっそ官庁に違い病院に入院させた方が良いと思ってそうしたんだ。祖父さんには病院の近くにあるホテルに泊まってもらって、今は俺も其処から本部に通勤してる。でも流石に祖父さんも参ってるみたいで……」
「そうだったのか……。祖母さんにも祖父さんにも謝らなくてはな……」
「祖父さんは酷く怒ってたよ。殴られるのを覚悟しておかないと」
 テオはそう言って肩を竦める。思い返してみれば、俺が士官学校に入ると告げた時にも、親不孝者と言って殴られた。七年後に同じ道を進んだテオも、やはり同じように殴られた。そうしたことを考えれば、今回の件は数発殴られたうえで、勘当を宣言されるかもしれない。
 テオの視線を感じて、見返すと、テオは本当に安心した、と言った。
「まさか兄さんが捕虜となると全く予想してなかったから……。聞いた時には心臓が止まるかと思ったよ」
「心配をかけて済まなかった」
「俺には謝らなくて良いから、祖父さんと祖母さんに謝ってやって。祖父さん、俺にいつも兄さんへの愚痴ばかり言っていたんだ。あれってすごく心配していたからだと思うから……」
「そうか……」
 病院に入ると、つんと消毒液の匂いが鼻につく。テオはこっちだと言って、俺を病室へと連れて行ってくれた。
 五階の一番奥にある病室が、祖母の病室だった。ノックをすると、祖父の声が聞こえてくる。急に俺が入って驚かすのも心臓に悪いだろうから、まずはテオが事情を説明した。本当か、と祖父の声が聞こえてくる。それから俺が病室に入った。
「レオン……!」
 祖父は椅子から立ち上がり、俺の側に歩み寄る。
 数発殴られる覚悟は出来ていた。勘当を宣言されたら、ひたすら謝ろうとも考えていた。
 それなのに――。
 祖父は俺の身体を抱き締めて、無事で良かったと言って、泣いた。


 こんなにも心苦しいものはなかった。
 殴られた方がどんなに気が楽だったか――。
 これまで一度も祖父の涙を見たことが無かった。それなのに、今こうして目の当たりにすることになろうとは、思わなかった。
「ごめん……。祖父さん……」
 言葉だけは足りない。こうなるとどう謝って良いのかさえ、解らない。
「お前を失うかと……。良かった……。無事にこうして帰ってきてくれて……本当に……」
「ごめん……」
 祖父の身体を抱き締め、もう一度謝る。本当に申し訳なくて、自分が情けなくて、胸が張り裂けそうになる。
 ベッドに横たわる祖母に眼を向けた。祖母は眠っていた。蒼白い顔で、酷くやつれてみえる。
「祖母さんの具合は……?」
「朝、眼が覚めてまた眠った。今、起こそう」
 祖父は祖母に顔を近付けて、祖母の名を何度か呼んだ。祖母の瞼がゆっくりと動く。
「レオンが無事に帰ってきたぞ」
 祖父が祖母に告げると、祖母はレオン、と短く呟いて辺りを見回した。その視界に入ると、祖母は眼に涙を溜めてレオン、レオン、と何度も呼んだ。
「ごめん、心配をかけて……。俺のせいで身体まで悪くして……」

 俺は謝っている。だが――。
 俺はきっとまた祖父母を心配させるだろう。帝国と再び戦争となれば、戦地に赴かざるを得ない。
 こうして謝っていても、俺はきっとまた祖父母を悲しませるのだろう――。

 一時間程、病院に滞在し、それから祖父をホテルに送り届けた。部屋に着くなり椅子に腰を下ろした祖父の姿は、明らかに疲れ切っていた。
「祖父さん。食事を摂ったら早く休んで。そうしないと祖父さんまで倒れて……」
「レオン。お前はまた戦争に行くのだろう」
 祖父は顔を上げて言う。胸の内を読まれているようでどきりとした。
「……お前が長官という重責を担っている以上、そうなることは解っておる……。だがレオン、国を守るという大義名分を掲げたとて、その行為の根本は殺人だ。人が人を殺す――どのような美談を並び立てたとて、戦争とはそういうものだ」
「祖父さん……。ごめん……」
「お前が謝るべきは、お前が手に掛けた数々の人の命に対してだ。祖母さんや儂にではない。お前は口では謝りながら、また人を殺し続けるのだろう」
「祖父さん、少し言い過ぎ……」
「テオ、良いんだ。……祖父さんの言っていることは本当のことだ」
 祖父の言葉を遮ろうとしたテオを制し、祖父に向き直る。祖父は俺を真っ直ぐ見つめた。
「その手で数多の人の命を奪い、お前はお前の心を痛めるだろう。そこまでしても、お前が求めるものとは何だ」
「……平穏を。この国と世界の平穏を」
 この国だけの平穏を望むことはもう出来ない。経済面でこの世界中の国々と直接的にも間接的にも繋がっている以上、一国のみの平穏などあり得ない。
 だがこの願いは、大それた望みだ――と、きっと誰もが言うだろう。俺自身も嘗てそう思っていた。自国のことだけで精一杯だった。
 しかし、ルディと話をするなかでその考えを改めた。そしてその望みが実現可能かもしれないと思うに至った。専制色の強い帝国にも、ルディのように他国との協調を重視し、帝国を変えようとする人が居る。世界一広大で経済力のある帝国が変わるならば、それを受けて世界全体が変わることが出来るのではないか。
 ならば、たった数十年で良い、世界の平穏を手に入れることも不可能では無いのではないか――と。
 祖父は何も言わず、俺を見つめた。暫くして、大きく息を吐く。
「お前の手には余ることだ。その望みを叶えるためには、望みとは裏腹の多大な犠牲が伴う。レオン、お前がそれを背負う覚悟はあるのか」
「……覚悟は出来てる」
「そうか……」
 大それた望みだとは言われなかった。祖父はもしかしたら、俺の望みに気付いていたのかもしれない。ただ俺に確認するために、問い質したのかもしれない。
「ごめん……」
「ならば謝るな。……その代わり、何があろうと必ず生きて戻って来い」
作品名:新世界 作家名:常磐