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新世界

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 出立の日は邸の者が全員、玄関の前に並び立ち、御武運をと言って見送ってくれた。
 必ず、勝利してこの家に戻ってこなければならない。

 それに――、戦争は勝たなければ意味が無い。
 一度足を踏み入れたからには、勝たなければならない。戦争というものはそういうものだった。

 時計の針が午後三時半となる。あと三十分で進撃の号令をかけなければならない。
 ヴァンで待機していた兵士達は既に国境に向かっている。
「閣下。先遣隊から報告が入りました。新トルコ共和国側にはまだ何の動きも見られないとのことです」
 ヴァロワ卿の許に、一人の准将が報告する。ヴァロワ卿は頷いて、側にあった時計を見遣った。三時四十五分となっていた。
 これまで部屋の中を行ったり来たりしていた将官達も動くのを止め、部屋の中央のスクリーンを見つめる。二つに分けられた画面は、左側にヴァンの部隊を、右側に地図を写しだしていた。地図にはトニトゥルス隊の位置を示す印もある。
「ロートリンゲン宰相閣下」
 ヴァロワ卿は公の場では、私のことをそう呼ぶ。頷き返すと部屋のなかが静まりかえった。緊張と不安、高揚――様々な感情が入り交じっているように感じられる。
「これより戦闘を開始する。第一から第十部隊、進軍せよ」
 私の命令が発せられるや否や、通信士達が一斉に部隊に通達をする。進軍、という言葉を何度も聞いた。まるで自分の言葉が木霊となって返ってきているかのように。




「帝国軍が侵攻。了解した」
 車中で通信機が着信を捉え、同乗していたアダム・ギラン中将がそれを受けた。本部のムラト大将からだった。ギラン中将が此方を見ながら発した言葉に、車中の全員が顔を見合わせた。
 昨日、エスファハーンに向けて首都を発った。本部や近隣の支部所属の将官級十一名、それに佐官級五十名を引き連れて陸路を行くため、エスファハーンへの到着は早くとも明後日となる。
 受信機を置いたギラン中将はたった今、シーラーズから本部に入電があったそうだ、と言った。
「帝国はまずシーラーズを攻略する……その予想は当たっていた訳だが、何故五日間も空いたのか……」
 向かい側に腰掛けていたアル・バース中将が呟くように言う。
 それは俺も随分考えたことだった。帝国は宣戦布告したのに一向に侵攻してこない。これは何か策略があってのことではないか――。
「国境付近には何処にも帝国軍の姿は見えないと聞いています。外交でも何も動きは無かったようですし、上層部で何かあって攻撃が遅れたのかもしれません」
「それも否定は出来んが……、総指揮があの辣腕宰相だということを考えると、何か策を講じたのではないかとさえ思えてくる」
「策ですか……。しかし帝国から大軍を侵攻させるには、地の利から考えてもシーラーズかその北のタブリーズしか考えられません。他の国境は岩山やら砂漠やらで侵入すら難しい場所ですから……」
「私もそう思うが……、嫌な予感がする」
 ギラン中将とバース中将の会話を聞きながら、考えを巡らせていた。俺はどちらかといえば、バース中将の考えに近い。帝国はこの五日の間に何か策を講じていたのではないか――と思う。だがそれは単なる勘であって、何か証拠があるものでもない。
「レオン。万が一のことを考えて、先に言っておくぞ」
 バース中将が不意に俺を見て言った。バース中将もギラン中将も、首都近くの支部に所属する中将で、入隊当初からよく知る人物だった。今、この国の中将の半数は俺を長官に推した人達で占められていて、この二人もそうだった。ギラン中将はムラト大将の士官学校時代の先輩であり、俺は入隊してからムラト大将に彼を紹介された。バース中将は入隊時の上官で、実直な人だった。
「帝国軍がエスファハーンに侵攻し、首都から援軍が間に合わなかった場合、帝国軍は真っ先にお前の命を狙うだろう。お前はそういう立場の人間だ」
「覚悟は出来ています。それでなければ首都に引っ込んでいますよ」
「そうではない。お前は味方を置いて逃げる人間ではないことは私がよく知っている。だがレオン、お前は軍を統括する長官だということを忘れるな。長官が捕らえられたとなれば、軍は総崩れになる。もしエスファハーンでの此方の旗色が悪くなったら、お前はすぐに首都に戻れ。その後の指揮は私達が執る」
「バース中将……」
「ハリム少将やラフィー准将には私達の意向を伝えてある。いざという時は、お前を護衛しつつ首都に戻るように、とな」
 バース中将はこの車に続いて走る車を見遣る。その車にはハリム少将やラフィー准将が乗っていた。
「中将達を置いて一人逃げることなど出来ませんよ。それに帝国にエスファハーンを攻略されたら、この国の南部は敵に陥落されたも同然となります。軍事的な生命線を絶たれることにも……」
「レオン。お前の意志よりも国の存亡が大切だと言ってるんだ。たとえエスファハーンを攻略されても、エスファハーンから首都までは距離がある。お前はアブドゥルや外交部と話し合い、停戦に向けての妥協点を見つけろ。……今回の戦闘はそれだけ厳しいものだ」
 バース中将は静かに言った。


 窓の外は静かな夜の光景が広がっていた。この国の中部にあたるコムの町で、この日は宿泊することになった。移動による疲労を癒すために、早めに部屋に入ったは良いものの、眠りにつくことは出来なかった。

 帝国軍がついに進撃してきた。
 現地時間の午後四時のことだったらしい。国境からけたたましい銃声が聞こえてきて、開戦となったのだと先程ムラト大将と連絡を取って、詳細な状況を知った。帝国軍の数は約五十万、それに対し此方は三十万の兵だから、兵の数では帝国軍が上回る。
 帝国軍到来を受けて、アジア連邦がただちに援軍を送り出してくれたようだった。だが到着までには大分時間がかかるだろう。昨日、首都を出た俺達でさえ、まだシーラーズまでの道程は遠いのだから。

 出立の日の朝、執務室で準備をしていたところにテオがやって来た。もしかしてまだエスファハーンに同行することを諦めてないのだろうか――と思ったら、テオは昨日はごめん、と謝ってきた。
『兄さんと一緒に行けると思ってたから……、そうじゃないことを知ってつい我が儘を言ってしまったんだ。ハリム少将やラフィー准将からこっぴどく叱られたよ』
 肩を竦めるテオを見て、思わず笑みが零れた。笑うこと無いじゃないか――と反論するテオの側に歩み寄って言った。
『お前は此処でムラト大将の執務を手伝ってくれ。それに首都といえど安全な地ではない。シーラーズから首都に上る部隊もあるだろう。……充分に気をつけるんだぞ、テオ』
『俺よりも兄さんこそ、気を付けて。……本当は一緒に行って兄さんの補佐を務めたかったけど……』
『その言葉だけで充分ありがたいよ、テオ』
 俺をはじめ上層部の人間がエスファハーンに向かうことは、軍内部でも伏せられていた。したがって出立の時も仰々しい見送りは無く、本部所属の将官達だけに見送られて、首都を発った。
 首都を守るためには、エスファハーン攻略を食い止めなければならない。エスファハーンは第二都市という位置付けもあるが、同時にこの国の南部を守る要衝でもある。
作品名:新世界 作家名:常磐