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新世界

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 だがこの帝国もいずれは民主政治の道を辿ることになるだろう、否、そうならなくてはならないと私も感じている。だが今は皇帝や守旧派の権威が強い時期だった。特に皇帝の権威は、名君と称えられているだけあって、初代皇帝と同じぐらいにまで高まっているのではないかと思う。今は民主化を唱えるよりも、皇帝を支えつつ、彼等のような運動家を支えられるような体勢を整えたほうが良い。それがいつかきっと、民主化への道となる。
 そう考えると、裁判長の下した国家転覆罪および皇族への不敬罪という罪状の適用は重すぎる。このままでは、彼は終身刑が言い渡されることになるだろう。別に添えられていた書類を捲ると、司法省の長官に副長官、それに国家公安長が死刑を求めていた。宰相である私が此処で彼等の意見を認めれば、アラン・ヴィーコはすぐに死刑台に送られるだろう。
「オスヴァルト。陛下の許に行ってくる。書類の催促が来たら、少し待って貰ってくれ」
「承知致しました」
 司法省の長官や公安長が揃って死刑を求めている案件を、私一人の権限で覆すことも出来る。だが、そうしては内政の和が乱れてしまう。それよりは先に陛下の意見を伺ったうえで、死刑は不適当だと此方の意見を進言して、司法長官達の意見を遠ざけたほうが良いだろう。

 関連書類を持って、執務室を出る。官吏達が此方に気付くなり頭を下げる。皇帝の執務室はこの階の中央にあった。陽の射し込む長い廊下を歩いて部屋の前に来ると、衛兵が此方に向けて敬礼する。彼に軽く労いの言葉をかけてから、扉の呼び鈴を鳴らす。名を告げると、秘書官が扉を開けて、入室を促した。皇帝は持っていたペンを置き、穏和な笑みを浮かべた。
「失礼致します、陛下」
「其方も忙しいようだな」
「陛下には及びません。少々、ご相談申し上げたいことがあるのですが、宜しいでしょうか?」
「構わぬ。何か厄介事でも生じたか?」
「先日、陛下に御報告申し上げた事件の裁判についてです。本日、司法省長官より罪状についての確認があったのですが……」
 皇帝はその話を思い出したかのように頷いて、死刑を求める旨の司法省側の意見に耳を傾ける。まずは此方の意見を述べずに、司法省の見解を纏めたものを報告することにした。皇帝はそれを聞き終えると、死刑か、と短く呟いた。
「新ローマ帝国にとり危険な思想を有した人物であるという見解は、私も司法省の者達と同じ意見です。ですが現在のところ、彼は人に危害を加えてはいません。武器を所有しそれを製造していたことは処罰に値しますが、その思想を理由に死刑に処しては、帝国は個人の主張を認めないと思想家達の抵抗も起きましょうし、国際的な非難も浴びることになりましょう」
「私も同感だ。体制を変えるために武器を所有していたということは、確かに国家を危機に陥れんとするがためだろうが……、まだ実行段階に移っていない以上、死刑は重すぎる。許可無き武器所有に関しての罪としては、どれぐらいの刑が妥当か」
「武器の密売・製造について罪を問うこととして、懲役三、四年が適当ではないかと思います」
「国家に対する危険思想に対しては?」
「此方も懲役三、四年といったところです」
 答えると皇帝は笑みを浮かべる。お前の中でもう答えは出ているのではないかと言いながら。
「私の一存で司法省の意見を覆すことは避けたかったのです。陛下から一言頂ければ心強いものはありません」
「解った。ではエルンストにその旨を伝えよう」



「陛下の御厚恩に感謝致します」
 深々と礼をして敬意を示す。皇帝は机の上にある電話の受話器を取り、司法省の内線番号を押した。数秒も待たず、エルンストか、と皇帝はその名を呼んだ。司法省の長官、エルンスト・ハイゼンベルク卿は自身の机に居たのだろう。皇帝から各省の長官に直接連絡が入ることはそう珍しいことでもなかった。皇帝は彼を部屋に呼んだ。皇帝からの召集とあれば、すぐ此処にやって来るだろう。
「ところでフェルディナント。ここ暫く邸にも戻らず働いておるようだが……」
「法案の修正とブリテン王国への対応に手間取っております。数日中には処理を終えますので、それから陛下に御確認願いたいと考えておりました」
「お前は処理が的確なうえに早いから助かっている。が、あまり根を詰めぬように。宰相が倒れるような事態になったらそれこそ国の大事だ」
「暖かい御言葉、痛み入ります」
 この二ヶ月は目まぐるしいほど忙しかった。各省からの法案の提出が相次いだためだった。特にこのひと月は執務室に泊まり込むことも多く、一日の休暇を得ることもなかった。それは私だけでなく、副宰相であるオスヴァルトも同じだった。秘書官達には交替で休みを与えたが、オスヴァルトは私と同じように執務室で夜遅くまで職務に勤しんでいた。
 程なくしてハイゼンベルク卿がやって来た。中年の長官は細身の男で、眼光鋭く、常に唇を引き結んでおり、そうした姿が神経質そうな印象を与える。彼は非の打ち所のない挨拶をした。皇帝はそんな司法長官に対しても臆することなく穏やかな表情でもって、労いの言葉をかける。
「宰相から話を聞いたのだが、アラン・ヴィーコなる者、死刑を求刑するのは少し刑が重いように思う」
「陛下の統べる国家の転覆を謀り、武器を製造していたことは、たとえ現在において実害が無かったとはいえ許されるべきことではありません。これを看過してしまえば、不逞の輩が社会を跋扈し帝国の平穏が乱されましょう」
「無論、無断で武器を製造していたことは罰せられるべきこと。しかしそれがために死刑という処罰は少々重すぎぬか」
「帝国内の危険因子の引き締めという意味では、適当かと考えます」
「ハイゼンベルク卿。帝国の安寧を求める卿の考え方を否定する訳ではありませんが、陛下が教育制度を充実なさったのは自由な発想を推進するためでもあります。アラン・ヴィーコを厳罰に処すことは、それを制限することになりますまいか」
「国家の安寧より個人の思想を重視なさるか、ロートリンゲン卿」
「個人あっての国家と私は考えます」
 司法長官――ハイゼンベルクはその眼から鋭い光を一筋放つに留め、皇帝に向き直る。若造が出張るなとでも言いたかったのだろう。皇帝は私の意見に賛成だとの意を告げた。それを受けて、ハイゼンベルクは漸くアラン・ヴィーコの刑の軽減を了承した。彼の刑は禁固三年ということがこの場で決定した。ハイゼンベルク卿は皇帝に向かって一礼すると、此方にも黙礼して部屋を去っていく。彼の姿を見送ってから、皇帝は言った。
「エルンストは守旧派だ。これまでに帝国が築いてきた秩序を守ろうとする。それに対してお前は、帝国の新しき姿を求める。今後も度々難儀はあろうな」
作品名:新世界 作家名:常磐