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新世界

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「私はカサル大佐と共にあちらに居ます。どうぞ二人で話を」
「フェイ……!」
「話が終わったら、声を掛けてくれ」
 テントまで案内するとフェイはそれだけ言い残して、カサル大佐を促し、去っていく。二人きりになると、ヴァロワ卿は言った。
「宰相もロートリンゲン家の者達も皆、ビザンツ王国を探していた。それがまさか西端の連邦だったとはな。道理で見つからない筈だ」
 宰相は心配して、ずっと探していたんだ――とヴァロワ卿は言う。
「ビザンツ王国で身の振り方を考えていたところ、フェイと出会いました。はじめはフェイの誘いを断った。……だがあの時の私にはその道しか残っていなかった」
「ハインリヒ……」
「今となってはフェイに感謝しています。……この戦争の結果がどうなろうと、たとえそれによって帝国が変わろうと、私はこのまま連邦に留まるつもりです」
「宰相を見捨てるつもりか」
「見捨てるも何も、もう私には関係のないこと……」
「本気で言っているのか!? ハインリヒ!!」
 ヴァロワ卿は強い口調で言う。それに少し面食らった。普段は穏やかなヴァロワ卿がこんなにも怒りを露わにするとは――。
「宰相が置かれた状況がどのようなものか、そしてアンドリオティス長官から話を聞いていたのなら、どういう状態かが解っている筈だ。私はアクィナス刑務所への出入りを禁じられた。ロートリンゲン家も同じだ。ハイゼンベルク長官にどのような刑務所か尋ねたところ、刑務所の中でも過酷な場所だという。そんなところに、宰相は深手を負ったまま入ったんだ。それがどういうことかお前は私以上に解っている筈だ!」
 解っている――。
 解っている。ルディが深刻な状況に陥っているだろうことは。そんなこと、アンドリオティス長官から話を聞いたときに解っていた。

 ヴァロワ卿はルディを許せというのだろう。ルディを許してしまったら、俺の怒りは何処に向ければ良い? マリのことを考えないように、忘れようとしてきた。ただルディの選択が間違っていたのだと考えてきた。そうすることでしか、立ち直ることが出来なかった。それを――。

「すぐに帝都に戻れ、ハインリヒ。アンドリオティス長官が宰相を助けに行くと言っているから、お前もそれに加わるんだ」
「……俺はルディを許す訳にはいかない」
 ヴァロワ卿がぐいと腕を掴む。その力の強いこと――。ヴァロワ卿が酷く怒っていることが察せられた。
「あの一件は何が悪かったのか、解らないとは言わせんぞ、ハインリヒ。確かに宰相も一度は欲を出したかもしれない。宰相は私にそう言っていた。そしてずっとそれを責め続けている。だが、それが諸悪の根源ではないだろう。もっと根深い問題があって、お前達は別れさせられたんだ」
 解っている――。
 俺自身、ずっと考えてきたことだ。一番悪いのは、皇帝なのだと――。
 だが――。
「お前は恨む相手を間違っている。宰相はずっとお前の身を心配していた。そして暴走する皇帝を何とか制止しようとした」
 宰相の気持も解ってやれ――。
 ヴァロワ卿はそう言って、俺の腕から手を放した。
「これをお前に返しておく」
 ヴァロワ卿は胸元から何かを取り出した。拳銃だった。何故こんなものを――と思ったら、H・R・Lと、俺のイニシャルが刻まれている。
 これは俺が嘗て持っていた拳銃だった。
「お前が居なくなってから、護衛をつける代わりに宰相にそれを渡していた。宰相がアンドリオティス大将を逃がす時、アンドリオティス大将にそれを貸したようだ」
「アンドリオティス長官に貸した……?」
「ああ。そして先日、アンドリオティス大将が私にこれを渡した。ハインリヒ、私はお前はもう何をしなければならないのか気付いているのだと思っている。いつまでもくだらない意地を張り続けるな」
「意地……? ヴァロワ卿、違う、それは……」
「子供じみた意地だ。お前らしくも無い。……一刻も早く、フェイ次官に許可を貰い、帝都に戻るんだ」
「ヴァロワ卿……」
「……それとこれをお前に伝えるのは気が重いが……、伝えておく。まだ皇帝にも報告していないことだ」
 ヴァロワ卿は一旦言葉を切って、俺を見つめた。
「マリ様の遺体が発見された。テルニの山中でだ。お前の後を追って、ビザンツ王国に行くつもりだったのだろう」

 マリの遺体が発見された――?
 マリが、死んだ――。

「そんな……」
「残念だが事実だ。此処に来る前にカサル大佐からの報告で知った。遺体のDNAが一致したから間違いない。山中を歩いていて、滑落したのだろう。死因は頭部損傷だそうだ」

 マリが行方不明となったと知っても、一縷の希望を託していた。マリは何処かで身を潜めているに違いないと。
 生きていればマリとまた会えるかもしれない――そう考えても居た。それが、打ち砕かれた。
「アクィナス刑務所のことをトニトゥルス隊に調べさせていた矢先に、彼等が遺体を発見したんだ。皇女と悟られないよう、今は身許不明者として遺体を保管している。……皇帝はまだ皇女が何処かで生きていると信じている。これまでの皇帝の言動から考えて、皇女の死を報せたら、帝国は余計に混乱するからな。だから皇帝には報告していない。……帝都に戻ったら、遺体の安置場所を教える。お前が葬ってやれ」
 ヴァロワ卿は身体の向きを変えた。テントの入口に手をかけ、不意にその動きを止め振り返った。
「きつい言葉しか言っていなかったが、お前の変わりない姿を見て安心した」
「ヴァロワ卿……」
「私は既に捕虜となっている身だ。これから再びザルツブルク支部へ戻る。宰相のことは頼んだぞ」
 去りゆくヴァロワ卿の背をただ見つめていた。ばさりとテントが開いて、また閉じる。ヴァロワ卿の背が見えなくなる。


 ヴァロワ卿はあの後、すぐにザルツブルク支部へと戻っていったらしい。フェイがテントに入って来て、そう教えてくれた。
「一緒に戻らなくて良かったのか」
「……言った筈だ。俺は……」
「戻るなら、専用機を貸してやる。尤もこの臨時作戦部も近日中に帝都に移動するがな」
「日時が決定したのか……?」
「あちらからの連絡待ちの状態だが、おそらくこの数日内には侵攻する。俺達は今日か明日には出立となるだろう。ヴァロワ大将はザルツブルク支部だけでなく、帝都までの主要支部に降伏を勧め、支部全てがそれに従ったというからな。アンドリオティス長官が出撃の命令を下すのも時間の問題だ」
 フェイは側にあったコーヒーメーカーを取って、カップに珈琲を注ぎ、その一つを俺に手渡した。受け取ったものの、胸が一杯で口に出来そうにない。
「……帝国は滅ぶ」
 フェイは何気なくそう言った。
「世界第一位の国と言われた国が脆いものだ。たった一人の傲慢な皇帝が居たためにな」
 珈琲を一口飲み、フェイは側にあった地図を見遣りながら話し始めた。
「治世当初は名君と称えられていたという。官吏登用制から税制など内政の抜本的改革を行ってきた現皇帝アルブレヒト。度重なる皇女の死により、彼は政治に関心を寄せなくなった――。後世の歴史家達がこぞって話題に取り上げそうだ」
 フェイは苦笑し、また珈琲を飲んだ。
作品名:新世界 作家名:常磐