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新世界

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「ムラト次官から発表があったように、このたび大幅な人事を行った。この国は今、帝国からの侵略を受け、情勢が安定していない。国民は過日の戦闘とミサイル攻撃で不安を抱えている。君達の間にも動揺が窺えるが、この事態だからこそ、通常通りの業務遂行を心掛けてほしい。国民の不安を煽ってはならない。そしてこの戦争が早期に終結するよう、一丸となって尽力してほしい」
 全員が敬礼する。此方も敬礼でそれに応える。これで一通りの通達は終わった。あとは遠方の将官達に人事異動を通達するだけだった。
 ムラト大将が解散を告げると、各人はそれぞれの部署に戻っていく。俺はこれから財務部との会議があった。
「長官」
 本部の執務室に戻ろうとしていたところ、ハリム少将が声をかけてくる。一歩下がったところにラフィー准将も居た。
「二人とも宜しく頼むぞ」
「私もラフィー准将も昇級には些か時期が早いかと……。それにエスファハーンで長官をお守り出来なかったのに」
「あれは私の判断ミスだ。二人ともよくやってくれた。それを踏まえての人事でもある。ハリム中将もラフィー少将もこれからますます忙しくなると思うが、宜しく頼む」
「レオンの言う通りだ。浮かれている暇など無いから、覚悟しておけよ、ハリム中将」
 背後からアクバル中将が近付いて来て、ハリム少将――否、中将の肩を掴んで言う。アクバル中将はムラト大将と同年で、俺より三つ年上の先輩だった。三年前に本部に転属となり、それ以来ずっと俺やムラト大将を支えてくれている。
「アクバル中将……」
「本部に居る年数が長いから、どういう仕事をするのかは解っているだろう。これで漸く俺も本部の部屋で腰を落ち着けることが出来る」
「期待を裏切って済まんが、ハリム中将は暫くは部屋での仕事に専念してもらう」
 ムラト大将がアクバル中将に向かって釘を刺す。何だ、折角、中間管理職の苦労を解ってもらえると思ったのに――とアクバル中将は嘯いた。充分、好き放題やっているではないか――とムラト大将は返してから、ハリム中将とラフィー少将に向き直った。
「人事委員会から午後1時に呼び出しがある。辞令書と同時に新しい制服が支給されるから、着替えたらすぐ本部に戻ってきてくれ。一時三十分に今度本部所属となる准将達と顔合わせをするから」
「解りました」
 二人は敬礼をし、その場を離れる。勤務態度の真面目な二人のことだ。早々に今の仕事を終わらせるつもりなのだろう。そういえば、テオも解散が告げられるとすぐに何処かへ去っていった。昨日、久々に夕食を共にした時も忙しいと言っていた。こんな時期だ。忙しいのも無理は無い。
「レオン。お前の腕は俺もよく知っているが、帝都に入る時には気を付けろよ」
「アクバル中将……」
 アクバル中将は本部に所属しているとはいえ、中将という階級柄、各部との交渉に勤しんでおり、部屋に居る時間は殆ど無い。こうして顔を合わせて話をするのも久しぶりではないだろうか。
「前の戦いとは帝国軍の上官が違う。今度は捕虜ではなく、確実にお前の首を狙ってくる。俺はお前の首など拝みたくないからな」
「ええ。充分に気を付けます」
「シャフィークに護衛させるから大丈夫だろう。レオンが勝手に離れない限りな。……それに前回とは数が違う」
「確かに、うちの長官閣下はふらりと姿を消すからな。少しは自重頂きたいものだが……」
「……きちんと連絡は取りますよ」
 長官として自重しろ、ということは昨日、ムラト大将からも注意された。帝国に向かうことについては了承してくれたが、危険な行為には及ぶなと何度釘を刺されたことか。
「今日は五時には帰ると言っていたな。病院か?」
「ええ。祖母の様子を見にいって来ようと……」
「まだ退院出来ないのか?」
「もう歩けますし、投薬治療も終わっているので、元気は取り戻しているんです。本人は退院する気満々なのですけどね。でも高齢ですから、大事を取ってもう少し経過を見ることにしたので」
 連合軍がついに帝国に侵攻する。ミサイル基地と宮殿の包囲が主な目的で、軍事基地や軍需工場以外の攻撃は禁止されている。本隊が帝都を半ば制圧したら、俺は空路で帝国に入る。

 ルディ――。
 もうひと月が経った。共和国には宰相のことは何も耳に入ってこない。もしルディが宰相に留まっていたら、今回の要求について、たとえそれを拒むにしてももう少し時間をかけた筈だ。
 ルディはもう宰相の座に居ない。そうなると、処刑されたか、それとも捕らわれているかどちらかということになる。
 これは俺の推測だが、おそらく収容所か刑務所かに捕らわれているのだろう。帝国にはルディを支えるヴァロワ長官達がいる。だから、そう簡単に処刑には出来ない筈だ。
 だから、ルディはまだ生きている。そう考えると、早く救出したいが――。
 済まない――。
 まだ時間がかかりそうだ――。






 共和国軍――否、連合軍が帝国に侵攻を開始した。
 当然のことだ――と言えるだろう。帝国は通告もなくミサイルをエスファハーンに向けて発射した。人的被害は少なかったと聞いているが、エスファハーンの大地は焦土と化したから、再生するまで時間がかかるだろう。

 ミサイルを放つべきではなかった。
 だが、止められなかった。御前会議で反対していたのは、私だけだった。他の将官達は全員、フォン・シェリング大将に従う者達ばかりで、彼が提案すればそれに追従する。此処に居ても私は何も出来ない。私は数合わせの将官に過ぎない。
 そればかりか、私の直属の将官達は支部に転属され、本部から遠ざけられた。この軍務省のなかで私が一人孤立した存在となっている。

 解っている――。
 それがフォン・シェリング大将の魂胆なのだということも。
 思いあまった私が退職するように仕向けているのだということも。
 だが、こんなことで辞めてやるものか――。

 ミサイルのことも、以前から追究していたことだった。ハインリヒや宰相と共に。
 資金の奇妙な流れ、もしかしたらミサイルを保管しているのではないかと眼をつけていた宇宙開発事業団体の場所――これらは全て把握していたことだ。ただいつも、ミサイルを見つけられなかった。発射台でさえ、巧妙に隠してあった。
『すぐに転用出来る形で保管しているのかもしれない。そうだとすると立証が難しい』
 宰相が以前、そう言っていたことがある。まさしくその通りだったということだろう。ならば、フォン・シェリング家からの資金の流れを止めようと、宰相とハインリヒが動いたことがある。
 ロートリンゲン家がその団体にフォン・シェリング家以上の出資を提案する。その代わり、資金の使途を明確にさせる――と。宰相が資金提供を申し入れたが、彼等は丁重に断った。そのことから考えても奇妙なことだったが、この開発に関わるフォン・シェリング家のやり方は徹底していて、ロートリンゲン家でさえ横槍を入れることが出来なかった。

 宰相もハインリヒも常にフォン・シェリング家のミサイル保有を気に掛けていた。
作品名:新世界 作家名:常磐