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新世界

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 何かあれば連絡をいれるように告げて、通信を切った。救助隊に、エスファハーン支部に向かうよう早く指示を出さなければならない。
「……おい、レオン。自分の手を見てみろ」
 ムラト大将が不意に俺の手に視線を落として言った。その時になって気付いた。俺は強く右手を握り締めていたようだった。ゆっくり手を開くと、うっすらと血が滲んでいた。
「ああ……。気付きませんでした」
 苦笑すると、ムラト大将がハンカチを手渡す。礼を述べて受け取り、血を拭った。
「ハリム少将、救助隊にエスファハーン支部のシェルターにマームーン大将が避難していることを伝えてくれ」
「了解しました」
 ムラト大将に命じられて、ハリム少将がすぐに電話の受話器を手に取る。救助隊に要請を出している間に、スクリーンに映し出されていたエスファハーンから黒煙が去りつつある。こうして一見した限りでもエスファハーンは壊滅状態だった。建物は無残に崩れ落ち、所々に火の手が上がっている。
「惨い……」
「人的な被害は最小限に食い止められた筈だ。マームーン大将の判断のおかげでな」
 ムラト大将が肩を叩いて俺にそう告げる。そうですね――と応え、スクリーンから眼を放した。やるべきことは山のようにある。
「テオ、エスファハーンならびに近隣地域の被害の把握を。ムラト大将、至急アジア連邦のフェイ次官と連絡を取って下さい」
 将官達にそれぞれ指揮を下し、その間に大統領にマームーン大将の無事を伝える。

 詳細な被害の程度が判明したのは、翌日のことだった。死者五名、負傷者八名――それは避難命令が出たにも関わらず、エスファハーンに近付いた近隣地区の住人達だった。エスファハーン支部のシェルターに避難していたマームーン大将と二十名の兵士達は十時間後に無事救出され、怪我も無かった。だが、エスファハーンの街は焼け野原と化し、瓦礫の他は何も残っていなかった。
 アジア連邦のフェイ次官はただちに国際会議を招集する旨を告げた。それに各国が同調し、来週、アジア連邦にて緊急会議が開催されることが決まった。






 帝国は踏み越えてはならない一線を越えた。
『帝国がミサイルを発射しただと……!?』
 一時間前、フェイが俺を別室に呼び寄せた。何かあったのかと思ったら、帝国が新トルコ共和国に向けてミサイルを発射したのだと言う。帝国内で発せられた高エネルギー反応を捉え、様子を窺っていたらしい。
『後程、共和国から連絡が入るだろう。それに合わせ、国際会議を招集するつもりだ』
『……高エネルギー反応を捉えたと言ったな?具体的な位置は特定出来ているのか?』
『帝都から少し北部に入った場所――としか解らん。お前は保有していることは知っていたのだろう?』
『莫迦なことを言うな。長距離弾道ミサイルなどを保有していたら、廃棄していたに決まっている』
『……知らなかった……のか……?』
 フェイはあの時、食い入るように俺を見つめて訝しげに言った。
 海軍部長官だった人間が知らぬ筈などあるまい――とでも言いたそうな表情だった。
『帝国軍は海軍部がミサイルを保有しているだけだ。国際法に違反しない程度のものをな。この国と同じもの――飛距離は少し帝国の方があるかもしれないが、長距離弾道ミサイルでは決してない。まして、陸軍部がそのようなものを保有している筈が無い。ヴァロワ卿が発注を命じる筈も無いからな』
『……では共和国に向けて放たれたミサイルは何処で手に入れたものだ?直前になって何処からか購入したというのか』
 違う――。
 購入――、確かに結果的には軍が購入する形を取ったのかもしれない。だが、帝国内で作られたものに違いない。
 あの男が――。
『フォン・シェリング家が用意した……いや、所有していたものだろう』
『……今の陸軍部長官か』
『フォン・シェリング家は軍事産業部門に投資を行っている。以前から危惧していたことだが、彼はかねてより宇宙開発部門に多額の投資を行っていた。あれはやはりミサイルを作っていたのだろう』
『……其処まで気付いていながら、何故事前に処罰することが出来なかった?如何に旧領主であっても個人レベルで武器を製造することは……』
『何度も調査した。その都度、死者を出してな。しかし、上手く偽装してあるようで、ミサイルの一片すらも把握出来なかった』
『今回、ミサイルが発射されたということは、皇帝がそれを認めたということになる。皇帝はフォン・シェリング家のミサイル所有を初めから知っていたのか?』
『さあな』

 フェイにはそう答えたものの――。
 おそらく皇帝は知っていたのだろう。少なくとも気付いていた。気付きながら、放任していたに違いない。
 もしかしたら、皇帝自身、万一の事態を考えて、フォン・シェリング家のミサイル所有を黙認していたのかもしれない。
 フォン・シェリング家から宇宙開発部門に流れる資金を、ルディはいつも気に掛けていた。資金額については公表されなくとも、旧領主間でそれとなく噂として流れてくる。フォン・シェリング家のそれは常に巨額だった。資金提供を受けた企業についてルディが調べようとしたこともある。だが、それはフォン・シェリング家によって阻まれた。
 そうした資金の流れを考えると、フォン・シェリング家が所有しているミサイルは一発二発どころではない。しかもこんな戦争の初期の段階でミサイルを使った。二発目もまた撃ってくる。
「ロイ」
 司令室の側にある休憩室で佇んでいたところ、フェイが呼びに来た。共和国のムラト次官と話をしてきたと言う。
「来週、国際会議をこの連邦で開催する。このたびのミサイル攻撃で帝国を糾弾する声は大きい。風向きは此方にある」
「帝国に乗り込むのだろう?」
「ああ。前にも言った通り、お前は第六艦隊で待機していてくれ」
「フェイ。俺は陸軍部隊に組み入れてくれと頼んだ筈だ」
「それは長官にも反対された。お前は今回の戦いで重要な位置に居る。お前という存在が戦後の帝国の要となる。そのような人間を前線には連れて行けない。それに、今の長官がヴァロワ長官ではなくフォン・シェリング長官だと、共和国のアンドリオティスが言っていた。そうなると、帝国軍はお前の姿を見れば必ずお前の命を狙う」
「……フェイ。聞き入れてもらえずとも俺は単独で動くぞ」
「勝手な真似をされては困る」
「ならば俺を陸軍に組み入れろ」
「……宰相のことを助けに行くつもりか」
「兄のことは関係無い。この手で帝国の横暴を食い止めたいだけだ」
 フェイはあからさまに溜息を吐く。そして、フォン・シェリング大将の命を狙うつもりだな――と言った。
「別にそういう訳ではない」
「どうだか。……本当に俺が危惧しているのはそのことだ。お前の手で重要人物の命が奪われたとなると、また別の意味を生じることになる。旧領主層の子息が新たな君主となるために、皇帝を裏切った、とな」
「馬鹿馬鹿しい」
「お前を知る人間は馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、お前を知らない人間――帝国の一般市民でさえそう考えるだろう。たとえ国外追放に処せられたとはいえ、お前はロートリンゲンという名を背負っている。だから皆は、次の皇統がロートリンゲンに移るのだろうと考える」
作品名:新世界 作家名:常磐