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新世界

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 一刻も早く宰相を救う手立てを講じたいが、八方塞がりでどうにもならない。副宰相のオスヴァルトも今は権限を制限され、宰相を庇った長官達も幾許かの制限が付せられている。司法省のハイゼンベルク長官でさえ、宰相のことに関してはこれ以上踏み込むことが出来ないと言った。
「……ロートリンゲン家の家人達に対しても同じだ。宰相への面会は一切禁じられている。そればかりか、弁護士を付けることもだ。ロートリンゲン家が断絶されなかっただけ幸いだと考えるしか……」
 ロートリンゲン家には、宰相が護送されてすぐに連絡をいれた。事の概要は前もって伝えておいたが、懲役五十年の刑という事態に執事のフリッツも言葉を失っていた。その日の夜にフリッツから再び連絡が入り、詳細を問われた。私はまだ残務処理のために本部に居て、さらにこの本部で詳細を語ることも出来なかったので、今日の夜、ロートリンゲン家に訪れることを約束した。
 その前に何とか宰相と面会出来るよう準備を整えておきたかったが、どうやらそれも叶いそうにない。
「解りました。御無理をお願いしました」
 司法省のハイゼンベルク長官まで、アクィナス刑務所への出入りが禁止されているとは思わなかった。皇帝に進言した宰相に味方したことが原因だろう。だが私としてはあの時、ハイゼンベルク長官まで出て来るとは思わなかった。
 ハイゼンベルク長官は守旧派に与しているから、どちらかといえば宰相を排除したいのだとずっと思っていたが――。
「ヴァロワ大将。今のところ、私に出来ることは何も無いのだ。申し訳無い。だが、今後も私なりに尽力するつもりだ」
 意外な言葉に思わず眼を見張った。悉く宰相と意見を異ならせていた人が、今度は宰相を助ける側に回るとは――。
「ありがとうございます。……ハイゼンベルク長官、ひとつ伺っても宜しいですか?」
「私が何故、宰相の助命嘆願に回ったか、か?」
「はい。私の知る限り、ハイゼンベルク長官と宰相は意見を対立していたように記憶しています。どちらかといえば、フォン・シェリング長官と同意見をお持ちの方だと思っておりましたので……」
 ハイゼンベルク長官は不意に表情を緩めた。彼のこんな表情は初めて見た。
「宰相と別の意見を持っていたことは確かだ。私は皇室あっての帝国だと考えている。その意見を変えるつもりは無い。……だがな、そうした私の考えとはまったく別の、貴卿や宰相のような考え方を理由無く否定はしない。宰相の言葉にも一理あることは度々あった。そうした意見の対立から、宰相とは何度も口論となったが、私は結構楽しませてもらった。この帝国で、彼のように筋の通った文言を真っ向から発言する人間は少ないからな」
 私自身、守旧派というだけでハイゼンベルク長官とは距離を置いていたが、この人は私が考えていた以上に、司法省長官として相応しい人物なのだと今知った。ハイゼンベルク長官は決して宰相を嫌っていた訳ではなく、きちんと宰相のことを評価していた――、そういうことになる。
「そうでしたか……」
「宰相となった当初は旧領主家の青二才がと思ったがな。だが……、今は陛下が宰相を選んだ理由が解る」
 宰相にこの話を聞かせてやりたいものだった。守旧派に与する人物でさえ、宰相のことをきちんと評価していたのだということを。
 それを今すぐ伝えることが出来ないのが、口惜しい。



 司法省から本部に戻ると、将官達が一斉に此方を見遣る。こうした視線は、長官となる前にはよくあったことだった。
 今日は素早く書類の処理を終えて宿舎に戻った。それから着替えて、ロートリンゲン邸へと向かう。
 宿舎を出たところで、背後に気配を感じた。ちらと見遣ると、二人の男が後を付けている。フォン・シェリング大将が私を監視するように命じたのだろう。
 さてどうしようか――。
 このままロートリンゲン家に直行せず、街に行って本屋でも覗くか。そして彼等が油断した隙にロートリンゲン家に向かおう。

 宿舎から街まで行き、行きつけの書店に入る。暫くして男達もやって来る。本を開きながら、彼等の様子をちらちらと見、彼等の視線が放れたところで、書店から速やかに出る。後は裏道を使って、ロートリンゲン家へと向かう。
 この道は、宰相が教えてくれた近道だった。道を何度も折れ曲がるので解りづらいから、男達は此処で迷ってしまうだろう。その隙に、ロートリンゲン家に向かう。
 おそらくロートリンゲン家自体も見張られていることだろう。だがロートリンゲン家のように大きな家は、表の玄関とは別に、目立たない入口があるのではないか――そう考えて、歩きながらロートリンゲン家に電話を入れた。事情を話すと、執事のフリッツが裏側にある通用口を開けてくれるという。
 数分後、ロートリンゲン家の裏側にある通用口から邸に足を踏み入れる。フリッツが迎えてくれた。
「急にこのようなことを頼んで申し訳無い」
「いいえ。この邸も二十四時間監視されているようです。お帰りの際も此方で取りはからいますので……。何よりもお話を伺いたく……」


フリッツに案内されながら、庭を抜け部屋へと進む。フリッツは一度立ち止まり、此方を振り返って言った。
「ゲオルグ様がいらしていて、是非ともお話を伺いたいと仰っているのです」
 ゲオルグ――ゲオルグとは誰だったか思い出せず、フリッツに尋ねるとフェルディナント様、ハインリヒ様の従兄に当たる御方です、と教えてくれた。
「……ああ、母方のコルネリウス家の……」
「ええ。フェルディナント様がこのような事態となりましたので、当家からゲオルグ様に連絡をいれました。すぐ此方に来て下さり、ゲオルグ様の方から宮殿に申し入れを求めていただいているのですが、取り合ってもらえず……」
「無理も無い。ロートリンゲン家の関係者ならびに宰相と懇意にしていた者、そして陛下に宰相の助命を嘆願した者はアクィナス刑務所に近付くことすら禁じられてしまった。ロートリンゲン家から如何に申し入れをしても聞き届けられないだろう」
「助命……!? ヴァロワ大将閣下、助命とは一体どういう……」
 フリッツはすぐさま問い返したが、すぐに我に返った様子で一度息を吐く。じっくりお話をお聞かせ下さい、とだけ言って再び廊下を進み、何番目かの扉の前に立った。ノックして、私の来訪を伝える。
 どうぞ、と部屋の中から声が聞こえて来た。フリッツが扉を開けると、其処には中年の男が立っていた。中肉中背で、優しげな目元が二人の母親に少し似ているような、そんな印象を受けた。
「ヴァロワ大将閣下。ゲオルグ・コルネリウスと申します。このたびはフェルディナントが大変なご迷惑をおかけしたとのこと、申し訳無く思っています」
 彼は丁寧に一礼して謝罪の言葉を述べる。謝っていただくことは何もありません――と私は答えた。それに私は宰相のために何も出来なかったのだから、そのような態度を取られると、却って心苦しかった。
「ですが……、フリッツから聞いた話では長官を解任されたと……」
「何故……、そのことを……?」
 私はまだそうしたことは話していなかった。すると側に居たフリッツが、フォン・シェリング家から連絡があったのです――と告げた。
作品名:新世界 作家名:常磐