108本の花のように
その笑顔が、やたらと楽しそうで。
「知りたいんですか」
僕はその意図がよくわからず、そんな答えを返す。
「そりゃ面白そうだからね。今はまだなにもないし何も欲しがらない葵ちゃんが、何を残そうとして何を望むのか。結局そこに、それまでのきみが出るわけでしょう」
どうやって生きてきて、何を望んで、何を残して、何を得てきたのか。
「いまはまだ、葵ちゃんには想像もつかないだろうね。……そうだ」
朝子さんは、やたらと楽しそうに笑いながら、僕の顔を上から覗き込んだ。
「きみは、どうして自分の命と運を、柊君に渡そうと思ったのかな」
「……それは」
どうしてだろう。じっくり考えてのことではなかったことだけは確かだ。朝子さんがそれができるだろうということは、なんとなく掴んでいた。それがあのとき、ふっと、頭によぎったのだ。
たった一日あるだけで、違うのだとしたら。そう、思ったんだ。
空っぽの僕の一日が、中嶋柊にとって、なによりも重要な一日に代えられるなら。
だけどそれを上手く表現する言葉が見つからなくて、僕の口からこぼれたのは、きっと伝わらないだろう、たった一言。
「そうしたかったんです」
「そう」
それだけ言って、いつものように茶化すこともなく、朝子さんはその話題を打ち切った。
「本当に、最後にきみは何を望むんだろうね。楽しみだよ」
朝子さんの言うとおり、僕には何もないし、望むものもない。
……いまは、まだ。
「僕も、楽しみです」
そんな言葉が、口をついて出た。朝子さんの目が一瞬だけ丸くなって、そして、朝風のような爽やかさで、笑ったような気がした。
作品名:108本の花のように 作家名:なつきすい