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鏡に映った殺人者

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「そして私があなたに手錠を掛けて現行犯逮捕。間違いありませんね?」
チャールズの言葉に男は小さく頷く。
ここまで男は一言も話さず、ただ首を上下に振るだけだった。チャールズを真っ直ぐに見つめながら。
そんな時、こんこんとこの部屋唯一のドアがノックされる。チャールズの言葉を待たずしてドアは開いた。
チャールズはそちらを見る。
「チャールズ、ご婦人が来た。しばらく交代だ」
チャールズの同僚の男が短く言う。
「しばらく、ね。了解」
同僚と軽く言葉を交わし、チャールズは取り調べ室を出る。そして待合室に入ると中年の女性がソファに座っていた。うつ向いて何かを考えているようだ。
「失礼、担当官のチャールズです」
静かに声をかける。女性はチャールズを見るなり立ち上がった。
「主人は......」
力なく言う。
「その事でお話があります。ご主人の為にもご協力ください」
チャールズが言うと女性は不安な顔でソファに座った。
「早速ですが、ご主人と息子さんの関係はどうですか?」
チャールズは女性の対面に座る。
「......普通です。仲がよくて笑顔の絶えない、あふれた普通の家族です」
「ではなぜ今回のような事が?」
「分かりません。昨日は息子と野球をテレビで見ていました。その後、息子が主人に野球観戦に行きたいとせがまれて、主人も笑顔で応えていました。何でこんな事が......」
女性は涙を一つ流した。
それを見てチャールズは不憫な気持ちになる。
涙を流す人に彼は馴れていなかった。仕事柄珍しくもないが、特にこの女性の場合は今までの涙とは重みが違う気がするのだ。
情が移ってしまう、そう思ったチャールズは、訊かなければならない事を極力省いて一つに絞った。
「ご主人の出かける前の服装を覚えていますか?」
「はい。薄い肌色のズボンに白いポロシャツでした」
チャールズはそれを聞いて考た。
女性が不思議そうにチャールズを見る。
「ご主人は自分で服を買いますか?」
「いいえ。結婚してから大分経ちますが、主人が自分から服を買うことはありませんでした。興味が全くないようで、全て私が買っています。もしかしたら主人が自分で買った服はもうないんじゃないかしら」
「......そう、ですか」
チャールズはさらに考え込んだ。
「あの......もしよかったら主人に会わせてもらえませんか?」
チャールズにとって願ってもない申し出だった。快く引き受ける。
女性を取り調べ控え室まで案内し、中に入れた。もちろん直接ではなくマジックミラー越しではあるが、ある事を確認させるには十分だった。
「おい、チャールズ。許可は取ってあるのか?」
そう言ったのはチャールズの上司だ。彼の言うように許可は取っていない。
「数分で終わります」
チャールズは一言そう言った。上司は納得したように溜め息を吐く。
女性はマジックミラー越しに自分の夫である男を悲しげな顔で見ていた。
男は相変わらず無表情でチャールズの同僚とは一言も交わさない。
「ご主人で間違いないですね?」
「......はい」
女性の声は震えていた。
「服装はどうでしょう?」
「私が今朝見たのとは違います」
「ご主人の為に買った服ですか?」
「いいえ。あの服は見たことありません。それに主人は、動き辛いと言ってシャツは着ないんです」
「......分かりました。ご協力ありがとうございます。もう帰ってもいいですよ」
チャールズは女性を早々に帰らせた。
女性を見送った後上司が言う。
「チャールズ、一体何の話をしていたんだ」
「ちょっと待ってください。確認したい事が」
そこまで言ってチャールズは取り調べ控え室を出る。
すぐに男のいる取り調べ室に入った。
「何だ、もう終わったのか」
暇そうにしていた同僚が言う。
チャールズはその言葉を無視して無表情に座る男に詰め寄った。
「お前......一体誰なんだ」
チャールズの言葉を聞いて男は不気味に微笑み、言う。
「刑事さん。あんたはまだ分かってない。いや、分かるべきではない」
「全て確認を取ったぞ。今朝奥さんが見た服と今着ている服は全く違うそうだな」
「おい、チャールズ一体何の話を――」
言いかけた同僚をチャールズの手が制する。
「野球観戦の前に、途中で服を買って着替えたのか? 奥さんから聞いた話だと服は買った事ないそうだが?」
さらに言い寄る。
男は黙って意味深に首を横に振った。
「服の購入履歴なんて調べればすぐに分かるんだ! 答えろ!」
チャールズの怒鳴り声が取り調べ室に響く。
チャールズの鋭い目を男は真っ直ぐに見返した。
その時、マジックミラーの奥から携帯の着信音が鳴る。上司の携帯だとチャールズには分かった。
しばらくして上司が取り調べ室のドアを開ける。
上司の顔は今までにない驚きの表情だった。
「チャールズ......その男の死体が車のトランクから見つかったそうだ」
「そんなバカな......」
チャールズの同僚は言って目を丸くする。チャールズも同僚と同じく目を丸くした。
「間違いないんですか?」
チャールズが絞り出すように言う。
「DNA鑑定をしてみないと断定できないが、間違いないだろう。その男はすでに死んでいる」
上司の言葉にチャールズは驚きを隠せなかった。男の方を見て目が合う。
「誰なんだ、お前は......」
聞いて男は鼻で笑う。
そして一言こう言った。
「あんたらには、一生理解できない」
男の言葉を聞いた三人が絶句したのは言うまでもない。
作品名:鏡に映った殺人者 作家名:うみしお