鏡に映った殺人者
その日は晴天だった。
あちこちにベースボールキャップを被った子供を引き連れた家族が、眼下で行われる試合を観戦している。
選手がバッドを振る度に観客席が騒ぐ。
この試合は野良試合だが、対戦チームの技量が高く、今日もプロに負けず劣らずの展開を見せていた。
チャールズも非番を使って試合を観戦していた。別にどちらのチームのファンという訳ではないが、確かに素人のチャールズから見ても面白い試合だ。
隣の席に座った子供もかなり興奮している。
しかし、それとは対象的に子供の隣にいる男は興味がなさそうだ。
「パパ! アレックスが打ったよ!」
選手が打ったボールを指で追いながらはしゃぐ男の子。
一方で、パパと呼ばれた男は視線を床に落としたまま何の反応も示さない。
きっと息子に駄々をこねられたんだな、とチャールズは思った。
それにしても露骨に息子の言葉を無視する。相づちすら打たない男にチャールズは違和感を感じた。
試合は進み九回表。後一点で逆転、ノーアウト、ランナー二塁。大詰めだ。
他の観客が固唾を飲むなかで、うつ向いていた男が席を立つ。無言のまま観客席の奥に行く。男の子も一人だと寂しいのか、後を追いかけて行った。
チャールズはタバコを吸いに席を立つ。別につられた訳ではない。張りつめた雰囲気の観客席に息苦しさを感じたのだ。
観客席の裏側の屋外と繋がった細い通路をチャールズは歩く。
しかし、なかなか喫煙所がは見つからない。ふらふらと歩いていると、先ほどの親子が何やら話していた。
会話は聞こえないが、チャールズは何となくその光景をニ、三秒見た。
その時、カーンという爽快な音と観客の歓声が彼の背中に突き当たった。
チャールズは試合が動いた事を悟って、観客席に振り返る。
タバコを吸う目的を忘れて観客席に向かおうとして一瞬あの親子を見た。
瞬間チャールズの体が動く。
「警察だ! 何してるんだ!」
チャールズの目に写ったのは、息子の首を絞めている父親の姿だった。
父親の顔は驚くほどに冷静で情に任せた様ではなかった。
チャールズの声にも一切応えようとしない。こちらに見向きもせず、ただ息子の首を絞め続ける。
チャールズはたまたま持ち合わせていた手錠を出して、素早く駆け寄った。