短い恋
幸運な夜
梅雨明けが報道されてから三日後の火曜日、午後八時前のことだった。日中の猛暑の名残が、緑の多いその運動公園にも執拗に居座り、何事かと訝しく思う程、蝉がうるさかった。
本来は端正なその顔をしかめながら、暗い遊歩道を上背のある男が歩いている。早川学は、タクシーの乗務員だった。彼は今、昨夜の乗客のことを思い出しながら、テニスコートの駐車場へ向かっていた。
せっかくシャワーを浴びたのに、また汗が噴き出してきた。彼は誰よりも暑さを苦にする人間だと、自らを認識していた。
駐車場に着くと水銀灯の光の中の、彼の白いワンボックスの運転席のすぐ傍に、非常にスタイルの良い女性が佇んでいた。それだけで既に驚いていた早川は、そのひとに近付いて更に驚かされた。
彼を見て眼を輝かせたのは、弓浜麗奈という名の若い女性だった。彼女はテニスサークル「ストローク」内は元より、早川が知っている範囲では、飛び抜けて美形の女性だった。
麗奈を間近にして、早川は昨夜の乗客を再び思い出していた。それは、現在最も人気があり、テレビ画面に毎日登場している若手の美人タレントだったが、麗奈の方が明らかに美しいことを、彼はそのとき確信した。麗奈の清楚な印象は、同時に清潔感に於いても際立っており、その新鮮な魅力は、昨夜のタレントの比ではなかった。
「早川さん」
ぞくっとする程魅力的な切れ長の目が、痛切に何かを訴えていた。早川は花の香が漂って来るような気もした。彼は殆どパニックに近い精神状態に陥りながらも、彼女から視線を外せなかった。