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エリュシオン~紅玉の狂想曲

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「は、はんそくだ……!!」
「……誰が。ほら、約束。な」
 小指を差し出した椿に、柊が自分のそれを絡める。二度振ったあとで、また、柊の頭を撫でた。
「ばっきんはセッカチさんやから、気張りぃよ!!」
「……っ、うん……!!」
「こら緋桜。誰がせっかちだ」
 椿の肩に両手を置いて緋桜が、割って入る。身を乗り出したせいで椿がバランスを崩して、後ろにもたれかかる体になってしまった。
 逆さに見上げるひとを、緋桜がぐらぐらと揺さぶる。制止の声と、楽しい声と。
 笑顔に包まれる。
 あたたかい、空間だ。








 柊に別れを告げ、5人はまた、進み始めた。
 先頭は倭、続いて姫咲。それから緋桜、梨佐、椿が並んで、歩く。
 良い天気だ。射す光は穏やかで、心も温める。先ほどの出来事も相まって、ほのぼのとした空気が流れていた。
 梨佐にとって椿の面倒見の良さは、なんとなく意外だった。確かに優しいひとではあると思うけれど、子どもには慣れていなさそうなイメージだったのだ。なのにどうだろう。たった一日で、あんな風な関係が作ることができるなんて、素敵だ。
 男性が子どもといる、という風景が、好きなのかもしれない。兄弟というのは、あんな感じなのだろうか。ひとりっこの梨佐にとっては、羨ましい存在だ。

 ふあぁ。

 隣から聴こえた緋桜の欠伸が、めくるめく梨佐の思考を停止させた。騒動があったとはいえ、昨晩は遅くはなかったはずなのだが。男どもで、またなにかしていたのだろうか。
 ふと、以前から思っていたことを、聞いてみたくなった。意味のない不毛なことだったけれど。
「ねえ緋桜」
「んん? なにぃ」
 寝ぼけたような声で、目尻に滲んだ涙を片手で拭う。そんな仕種も、やっぱり。
「緋桜は、どうしてそんなに可愛いの」
「……は!? ……ブハッ!! アッハ、あはははは!! ハハッ、……ッ」
(豪快だ……)
 こっちは真剣だというのに、緋桜はまさに呵呵大笑として腹まで抱えだした。倭のときもそうだったが、人の不幸(?)を笑うのはよくないと思うけれど。
 ぶすぅと顰めっ面で返していると、隣の椿に肩を叩かれる。落ち込んでいるわけでもないのだけど、諦めろとその目が行っている。
 そんなことは、とうに昔の話だ。
「これはそういう種族だから、言っても仕方ないぞ」
「でも椿、その中でも、緋桜は特別可愛いって言ってたじゃない」
「……言ったけども、」
 椿が気まずそうにそっぽを向くと、姫咲が梨佐を振り返って微笑んだ。
「まぁ、誰でも生まれついての物があるんですから。そんなでも、気にすることはありませんよ、梨佐さん」
「そんなって……!!」
 わざと強調して話すことはない。
 なんとなく和解したように思っていたが、なんだそうではなかったのか。いつもと少しだけは調子が違う気もするが、目立つほどではない。きっと気のせいだ。
「姫咲。いい加減にな」
「わかってますよ、椿くん。遊んでいるだけですから」
 語尾にハートマークでも付きそうな口調と笑顔。可愛いけれど、余計に胡散臭い。
「それがタチわりーってんだよ」
 倭がどうしようもないという風に、溜息交じりに空を見上げた。梨佐も諦めがついて面白くなってくる。姫咲は素直じゃないだけ。そう、素直じゃないだけなのだ。そう。そういうことで。
「若干慣れつつあるしね…………」
 要は思い込みかもしれない。傷つけようとか、そういった感情があるわけでは、たぶんないのだ。これが姫咲のなりの接し方――だと、思い込んでいた方がいい。
「あら、じゃあもっと厳しくいきましょうか?」
「そ、それはちょっと」
「姫咲」
 心なしか、やわらかな椿の声音。
 姫咲が、また違う表情を浮かべる。ふとした雰囲気が、随分ゆるやかになった。昨日のことで、なにか心境に変化があったのかもしれない。
「冗談ですよ。でもそうしたら、椿くんがもっと名前を呼んでくれるかもしれませんね?」
 姫咲のその一言で、全員がはた、と動きを止めた。
「確かにオレも思ってた!!椿、ぜってー名前呼ぶよな」
「言われてみれば……」
 倭と一緒にちらりと見遣れば、当の本人は明後日の方向を向いている。照れ隠しか?
「まぁ……そうだな」
「何やったって姫さんは閑雲野鶴やけど」
 姫咲は何にも捕われない、自由人みたいだ。そう言って前にも、緋桜が話していた。
「僕、椿くんの声好きですから、ついつい梨佐さんにまで手が出るんですよねぇ」
「……それってホントの話ですか?」
「ふふ、どうでしょう?」
笑顔でごまかされる。それを見た緋桜が、嬉しそうに腕を組んだ。
「まぁ、この関係図で会話が成り立っとるような気ぃは、せんでもないけどな」
「あ、それ言えてるかも……っとと、ごめん、梨佐」
「……いいよ。そこは頑張って、プラス思考で」
「おっ」
 そこでなぜかまた、皆が動きを止める。
 なにかおかしなことでも言っただろうか。
「りぃ……!」
「梨佐の成長か……」
 緋桜と椿が感嘆の声をあげた。もっと違う誉め方だってあるだろうに。
「梨佐さんの成長とかけまして」
「?」
「砂上の楼閣ととく」
(……嫌な予感がするんですけど)
 姫咲の珍しくノリの良い声は、梨佐にとっての不穏を紡ぎだす。こうなると、絶対に緋桜が悪乗りするから、始末に終えないのだ。
「おぉっと、その心は!?」
「転覆しやすい」
「…………ですよねー」
 縁起でもない。
「アッハッハ、うまーい!!」
「うまくないって!!なによ、それっあたしがポジティブだと悪いっ!?」
「梨佐、顔が笑ってる」
 そう言う椿こそ、楽しそうだ。
 梨佐も、こうやって騒ぐこと自体は嫌いではない。
「嫌よ嫌よも好きのうち、やな」
「梨佐ってたぶん、構われること自体は好きなんじゃねーの?」
 あたたかい日常は、掛け替えのない宝だ。
 こうして言葉を交わすのも、こうして同じ場所にいられるのも。
 いつかは道が途切れ、別れてしまう事だってある。
 それでも『この日常』だけは、永遠に消えることがないのだと思う。
 きっとずっと、刻まれるものだから。








  エリュシオン〜夢浮橋〜
    『紅玉の狂想曲―カプリチオ―』

                    終