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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「愛恋草」 第四章 別れ

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岸で久と家来の一人は待つことになり、一蔵ともう一人は漁師の漕ぐ小舟で、先行く舟を追いかけた。「もっと早う漕げぬか!」漁師は懸命に櫓を動かしたが、なかなか追いつけない。一蔵たちからの位置ですでに先行く舟は半分ぐらいにしか見えなかったから、一里ぐらいは離れている距離があった。

目の良い漁師は一蔵たちに、「先の小舟は止まっている様子にござります」と言った。どうしたのか考えたが分からない。やがてはっきりと見える距離まで近づいてきた。漁師は、「お〜い、無事か〜」声を上げて問いかけた。先の小舟の船頭が櫓を持ち上げて左右に振った。自分は無事であるという印だ。一蔵たちはその小舟の傍まで近づいた。船頭は涙を流して泣いていた。訳はすぐに知れた。

「お連れ様でござるか?ここに懐剣を残して入水されてしもうた・・・なにやら物静かで夕刻から沖に出たいと頼まれ、いぶかしく感じておりましたが・・・ここまで漕ぎ出して後、仔細を話され、懐剣を連れのものに渡すように言い残され・・・何という事じゃ、南無阿弥陀仏・・・」
「・・・そうであったか!残念至極に言葉が・・・出ぬわい」

一蔵と家来はうなだれ、海面に向かって手を合わせ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・と繰り返し念仏を唱えた。遺品の懐剣は清盛から続く平氏の守り刀であった。己の身は守れなかったが、この懐剣が残された家来と家族の命を守る刀であって欲しいと、一蔵は願っていた。

岸まで戻ってきて舟を下りた一蔵に、久は走り寄った。
「いかがでございましたか?」訴えるようなその眼つきに少しためらいが出たが、はっきりと答えた。
「久殿、維盛殿は・・・入水された。船頭がそう申しておったゆえ、間違いなかろうに・・・残念至極ではあるが、よほど考えられての決断であろう。我らがもう少し早う気付かなんだか、今思うと心遣いが足らなんだ事が悔やまれるわい。そちには、済まぬ事になったのう、許されよ・・・」

「・・・何という事に・・・もう勝秀様の事は聞けぬのでございますね・・・」
久は落胆したが、これでこの里への脅威はなくなったと少し安堵の気持ちが頭をかすめた。家来たちはひどく焦燥していたが、書置きの指示に従うと、一蔵に申し述べて身一つで一緒に吉野に帰ってきた。再会した妻と子供たちは顔を見て大喜びであったが、維盛の最後を聞いて、誰もが手を合わせ、南無阿弥陀仏と唱えて泣いた。良きも悪きも、喜びも悲しみも、雨の日も風の日も苦労を共にしてきた大将の死に、一族のみんなは落胆を隠しきれなかった。

「皆の衆!維盛どのの本心を理解し、この里で末永く子孫を繁栄し、平和を守る事が、その御意志を生かすことじゃ!心して過ごされよ。悲しみは今日までじゃ、明日からは自らのために生きよ、良いのう」
世話人の一蔵は、みんなの前でそう声を大にして叫んだ。

心穏やかではない一人の女がいた。光である。
みんなの前では気丈にしていたが、一人になった寝所で溢れる涙が止まらなくなっていた。
「維盛さま・・・どうして光を置いて行かれたのでござりまするか・・・光にひと目逢うて胸のうちを話して欲しゅうござりました。光は自分の未熟さを、幼さを嘆きとうございます。次の世では成人した光で出逢いとうございまする・・・」泣き伏してしまった。

久は光が泣いている事が気にかかった。それほど悲しい事なのか、少し疑問に感じたからだ。
「光・・・入って良いか?久じゃ」
「・・・はい、久殿」
「そなた泣いておられたのう・・・維盛様のことがそれほどに悲しいのかえ?」
「・・・申し訳ございませぬ。光は維盛殿に・・・恋しましてござりまする。きっと、きっと、私めのことも好かれておいでであったと、信じておりまする。山小屋を去るときに維盛殿は、また逢いたい、と申してくださいました。偽りのないお言葉であったと・・・光には響いてございます」

「そうであったのか・・・悲しいのう・・・哀れじゃ。しかし、それも平氏の定め、父上勝秀様の武運もまた同じように考えねばなるまい・・・今は、皆で力を合わせて生きてゆかねば・・・のう、光・・・」
「久殿・・・いえ、母上、光は・・・光は、自分ひとりが悲しゅうて泣くのは止めまする。悲しみは皆同じ事。作蔵様や、世話になっている一蔵様、それにみよ殿、新しいお仲間の皆と心合わせて、生きる覚悟になりましてございまする・・・」

久は光のこの言葉に感動した。いつの間にかすっかりと大人に変わっていたからだ。女は恋をすると大人になるというが、まさに光がそうなっている事に、喜びと自分の責任の大きさをより痛感したのであった。