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奪われた過去

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 風呂から出て二階へ戻った緒方は、ゆかりが姿を消したことを、彼女の母から聞いて愕然とした。詳しいことは判らなかったが、勤務先からの緊急の召集、ということだった。ゆかりは数年前から愛用しているという、大型バイクに乗って行ったらしい。意外だった。そんな話は聞いていなかった。
 緒方はその晩、ゆかりの両親と意気投合し、かなりの量の酒をのんだ。自分にはもう、過去は存在しないような気がした。未来だけがある。温泉旅館の婿養子として、気立ての良い妻と共に、生きて行くことになりそうである。彼の両親や兄弟が反対しても、押し切る覚悟ができていた。
 夜半前に眠るとき、すぐ近くを流れる川の音が聞こえた。それに重なって、ゆかりの落ち着いた、心地よい声が、バイクの音と共に、聞こえたような気がした。

                  了






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